思い出アルバム

日和山で懐かしきかき氷

今日は娘夫婦に石巻でうなぎをおごってもらいました。私と妻、娘夫婦に孫二人、計6人が一台の車に乗り、石巻「割烹滝川」へと向かいました。津波で大変だった場所ですが、今では道の駅(海の駅?)などもできて、とてもハイカラな地区になりました。

ノボ・ショート「ズボンの虫食い穴」

今日は元旦ですが亡父の四十九日でもありました。法事は先行して昨年終わっているのですが、今日こそ宇宙というあの世へ旅立ったのだと私の心は強く感じました。仏教の様々な教えやしきたりにはすべて何らかの真理があるのだな〜と感じるこの頃です。今年の…

「ちぢんだ自転車」の写真発見!

亡父の遺品整理をしていたら、ある懐かしい写真を見つけてびっくりです!私が16歳(高校一年)の夏に友人3名と決行した十和田湖自転車旅行唯一の写真です。

ミツバチと校長先生

老父も私も妻もここ最近パワーがめっきり落ちてきました。そこで、かつて瀕死のバチカン法王を救ったという「ローヤルゼリー」をみんなで飲むことにしました。私は高校時代ミツバチの研究をしていたのでその由来と効能はよく知っています。ふと、当時ミツバ…

坊ちゃん刈り最後の日

新学期も始まりました。大きめの制服を着た中学一年生を見ると、私のその頃を思い出します。(もう半世紀もたったとは。。。)

ノボノボ童話集「忍者犬チビ」

小学校は今日から冬休み。久しぶりに孫たちと会いました。孫に「じいちゃん、トリコのお墓拝んでいって」と言われました。実は一週間前、とても可愛がっていた文鳥を炬燵で寝返りを打った孫があやまって圧し潰してしまったのです。どんなに悲しかったことで…

腰抜けビーチボーイズ

高校時代のお笑い話をひとつ。夏にはまだ遠いんですけど、真夏の青春「ほでなす」物語です。

電信柱で天罰てき麺

「小人閑居して不善を為す」大人も子供も暇だとろくなことをしないようです。中学生の頃のアホな思い出話をひとつ。

昭和の弁当風景

きのうは小中学校の入学式でした。私たちの頃は中学校から弁当持参になりましたが今はどうなんでしょう?四十数年前の弁当風景を思い出しました。

春休みのバイトで「やまうなぎ」

昨晩は春休み中の孫を預けられ消耗しました。。。もう44年前、高校最後の春休みを思い出しました。

昔もイジメはあったな〜

毎日のようにイジメがからんだ凶悪事件が報じられ、世の中狂ってきたんじゃないかと思うことがしばしばです。でも昔を思い出してみると。。。

坊ちゃん刈り最後の日

卒業そして入学の春。小学生から中学生になるときは「少年」から「男子」に変わるときでした。

エンドレスの学芸会

小学校の学芸会で生徒の自主性を尊重してくれた先生は偉いな〜と思います。でも、その自主性に私がついて行けなかった。。。そんな痛い思い出です。

江合川(えあいがわ)の合戦

幼き頃から「戦い」は男の名誉とされてきました。ガキ大将に逆らうことなど誰もできませんでした。

イズミ君の情熱

若くして亡くなった友やその家族の悲嘆を思うとたまらなくなってきます。たった16年の命だったイズミくんのことを思い出します。

自転車に乗れた日

子供はさまざまな通過儀礼を経て成長していきます。そのひとつが自転車のりでした。

食べ物ネタのルーツ

ブログを書きながら思うのは、けっこう「食べ物ネタ」が多いな〜ということです。きっと、幼少期の体験が脳みそに焼き付いているからに違いないと思うんです。

むぐしてしまった思い出

「むぐした」というのは宮城県の方言で「漏らした」という意味です。忘年会と元朝参りで幼き頃の「むぐした」思い出が蘇ってきました。

わが愛しの股関節

だいぶ股関節も回復しつつあるのですが、普通に歩けるにはもう少しかかりそうです。何とか夜痛まずに安眠できるレベルまで戻したいものです。

45年前のステンバイミー

『スタンド・バイ・ミー』は印象に残る映画でした。少年時代の少々痛くてほろ苦いストーリー、そしてあの曲が郷愁を誘います。

忍者犬「チビ」

「ペット」という呼び名が流行りだしたのはいつ頃からだったでしょうか?私たちがガキの頃は「飼い犬」「飼い猫」でした。この国でいちばん待遇改善が進んだのは「ペット様」のようです。

ハンクローの写真

昔飼っていた愛犬「チビ」には子どもがいました。その子犬の名前が「ハンクロー」でした。

青鬼のお面

私が子供だった頃、秋には「運動会」と「学芸会」がありました。今では「学芸会」をなんと呼ぶのでしょうか?

ベティー先生の涙

天高く、思い出も透きとおるような秋。あれから半世紀も経つというのに、くっきりとよみがえるのは、どういうわけか小学校の頃の思い出。そして人はみなこの時代を「心のふるさと」にしているに違いありません。

思い出のガキ大将

彼は『イージー・ライダー』のピーター・フォンダに似ていました。一番カッコよくて一番危険なガキ大将だった人は、どういうわけか私と同じ名前でした。

ミツバチと校長先生

高校時代の思い出はいくら書いても尽きません。いったいいつ勉強する暇があったんだろうと思うくらい毎日いろんなことをしでかしていました。

ゆきおちゃん

「学校教育が日本人をだめにした!」とのたまう同輩がとても多い。。。本当にそうなんだろうか? 目をつぶって子供時代に戻ったら、だれでもきっと温かく懐かしい光景を思い出すんじゃないのかな〜。

知恵ある友

『徒然草』にはこんな文章がありました。「良き友に三つあり。物くるる友、医師(くすし)、知恵ある友」。「知恵ある友」という言葉で夭逝した親友のことを思いだします。

あだ名のうらみ

名前もあだ名も一生ものですね。あだ名付けが得意だった私の少々苦い思い出です。

アル中先生

「教育とは、教えられたことをすべて忘れた後に残っている先生の匂いである」誰が言ったか忘れましたが、実に名言だと思います。