愛すべき「哲人」たち

 「ブログは修行なり」と最近思いはじめています。でも修行って楽しいもんですね。たぶんスポーツマンが毎日ジョギングなんかするのと同じかもしれません。苦しそうだけどかえって気持ちがいいらしいですね。さて本日の修行は押し入れの奥から出てきた「お堅い本」についての柔らかいお話です。
 一ヶ月前に押し入れの奥から出てきた分厚い本、それはラッセルの「西洋哲学史」という本です。たぶん30年ぶりくらいのご対面です。これはホントに分厚いですよ〜。厚さ五センチです。

 眠り薬にいいなと読み始めたら、実はこれがとてもおもしろい!買った頃はガキだったからこのおもしろさが分からなかったんですね。


 バートランド・ラッセルという超一流の哲学者が古今の哲学者を順番に紹介・解説するのではなく、時空の垣根を取り払った相互関連の中で、彼独自の視点から体系的に批判的に論評しているのです。

 読みながらまるでサー・ラッセルが私の目の前で話してくれているように思えてきます。

 さらにラッセルが開拓した分析哲学の立場や彼の史観から、収録人物にも個性があります。あの恋愛詩人「バイロン」が他の有名な哲学者をおさえて登場したりしているんです。
 
 何よりもおもしろいと感じるのは、哲学者の人となりを豊富なエピソードで辛口に書いていることです。読みながら思います。「哲人」たちも私たちと同じ「愛すべき凡人」だったんだ、と。
 
 そのひとりを紹介します。登場するのは「デッカンショ節」で有名なあのショーペンハウエルです。(デカルト・カント・ショーペンハウエルの上の呼び名をくっつけてデッカンショといいます。旧制高校生の必読書とされていたようです)

 厭世哲学者?として名高いショーペンハウエルですが、高校の時に彼の「幸福論」というのを読んで、「逆じゃない?」と思った記憶があります。そこでまた読んでみました。これがまた実に面白い。彼は「群れるな。一人で生きよ。それがとても愉しいのだ」と言ってるんですが、裏返しの快楽主義です。文章も話しながら書いている感じで実に活き活きして、厭世的になるどころか、生きるエネルギーをもらえます。

 それもそのはずショーペンハウエルはとても「人間的」(よくも悪くも)な複雑な人だったんです。まるでクリスマス・キャロルの嫌みな主人公スクルージを想像させます。スクルージは過去・現在・未来を見せる三人の精霊によって善人に変わります。彼も著作の上では生まれ変わっていたんでしょうね。(一昨年ロバート・ゼメキスによるアニメ「クリスマス・キャロル」が制作されました。これはアニメの限界をスコ〜ンと突き抜けたスゴイ出来のアニメです。お勧めです)

 さてショーペンハウエルの実像とはいかなるもの?ラッセルの文章を引用します。

 またショーペンハウアーの教説は、彼自身の生涯によって判断していいとすれば、誠実なものであるとはいえないのだ。彼は一流の食堂で御馳走を食べるのがつねであったし、ちょっとした恋愛を幾度もやっているが、それは肉欲的なもので情熱的な恋愛ではなかった。

 また彼はとほうもなくけんか好きであり、異常なほど貪欲であった。ある時彼は、年配の裁縫婦が彼のアパートの扉の前で、友達と喋っているのをうるさく思い、その女を階段から突き落として、終身の傷害を負わせてしまった。その裁縫婦は裁判に勝って、ショーペンハウアーはその女が生きている限り、四半年ごとに一定の金額(15ターレル)を支払わねばならないことになった。

 二十年たってついにその女が死んだ時、彼は自分の会計簿に次のように記した。「あの老婆が死に、重荷は去る」

 彼の生涯には、動物に対する親切心を除いて、いかなる美徳の証拠をも見出し難いのである。動物への親切だけは、科学のための生体解剖に反対するほどまでに強かった。他のあらゆる面において、彼は完全に利己的であった。禁欲主義が美徳であると深く確信した人間が、自分の実践においてその確信をいささかも具現しようとしなかったなどとは、信じ難いほどである。

 と、こんなふうに歯に衣着せずにこきおろしても、きちんとその業績や後世への影響については評価しているんです。悪口言われていないのはスピノザなど実に少数のようです。(まだ全部を読んでいないので)

 私はショーペンハウエルについて、こんなエピソードがあるからこそとても親近感が湧いてきました。哲人が鉄人だったらついていけませんからね。人間くさいのがかえっていいなと思える歳になったんです。

 ま〜、この本はどこから読んでも、飛び飛び読んでもおもしろい!また段組というんですか、文字数や行間がとても読みやすく組まれているんです。さすが「みすず書房」です。武田鉄矢が言ってました「私の願いは生涯に一冊でもいいからみすず書房から本を出したいということです。」私もみすず書房と筑摩書房が大好きですね。

 「お堅い本が実は柔らかい」これは人の付き合い、学問の付き合い、仕事の付き合いすべてにありうる秘密の隠し味ですね。「固そうだけど噛むと味があってとてもおいしい」こんな人間になれるよう、日々ブログで修行していきたいと思ってます。

<ショーペンハウエル爺さん関係の過去ブログ>
 毒舌幸福論「人は変わりようがないのさ」
 ショーペンハウエル「悩みは幸福の尺度である」
 睡眠は死への利息払い
 本を読むなという「読書論」
 超訳「毒舌幸福論」
 意地悪じいさんの本
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