モモが出番を待っている

 あの9.11からアメリカ経済は低迷の道へと進みはじめました。あの頃大手投資銀行に勤めていた人が職探しの日々、あるいはガラッと仕事を変えてサンドイッチ店を経営・・・そんな人々の今を昨晩のNHKニュース9で映していました。
 あれから10年、思えばアメリカさんにはずいぶんと振り回され続けました。国鳥イーグルが金融グローバリズムのハゲタカに変身し、群れをなして世界を飛びまわりました。

 きな臭いことにもずいぶん付き合わされました。世界一の親分がチンピラにやられたように国中が復讐に燃え、何万人もの民間人が殺され、日本は子分のように協力させられました。

 しかし、リーマンショックをきっかけに、ハゲタカもえさが不足したようで金融業界では大幅なリストラが相次いだようです。わが日本もずいぶん痛手を被りました。

 戦争もそうです。強いといっても金が続かない。いつまでもやってちゃ破産する。そんな状況になったようです。

 アメリカもそうですが、日本も3.11で大きな転機を迎えています。世界はまちがいなく変わりつつあります。いったいこれから、どんな考えが「新しい道しるべ」となり得るのでしょうか?

 ミヒャエル・エンデの「モモ」という児童文学は、その小さな道しるべの一つではないかと私は思います。

 「モモ」は浮浪少女モモのおとぎ話ではありません。もちろんそのように読むこともできますが、実は、「灰色の男」や「時間どろぼう」、これらの姿を借りて経済の根本問題を露わにした思想書というのがホントのところです。

 その「モモ」をエンデが著名な財界人の会議で聞かせたときのエピソードです。

「エンデの遺言」より

子供や孫のためにどんな未来像を描くのか

 エンデは1995年8月28日にこの世を去りました。残されたテープが私たちにとって「遺言」になってしまいました。後に詳しく述べますが、改めてエンデの著作を読んでみると、エンデの「お金」への問題意識はすでに「モモ」にも流れており、エンデ自身があらゆる機会をとらえて、この問題を繰り返し訴えてきたことがわかりました。

財界人の会議でエンデが話したことは?

 たとえば、1980年頃にエンデはチューリッヒで開かれた財界人の会議に招かれました。200人ほど経営者が集まって、一日中、経済の破局を避けるためには1年でこれこれのパーセントの成長がどうしても必要だといった議論に明け暮れていました。

 夕方になり、エンデは彼らの前で、「モモ」の一節を朗読することになりました。<灰色の男たち>のくだりです。聞き終わった企業トップたちは難しい顔をして黙っています。どう反応したらいいのかがわからなかったのでしょう。

 しばらくして朗読箇所の文学的価値について議論が始まりました。お偉方がいかにもやりそうなことです。そこでエンデは「皆さんは今日一日、未来について議論してきたわけですが、思い切って100年後の社会がどうなってほしいか自由に話し合いましょう」 と提案しました。また長い沈黙が続きました。

 ようやくある人が「そういうおしゃべりにどういう意味があるのですか。まったくのナンセンスじゃありませんか。われわれは事実の領域にとどまるべきです。事実というのは、まさに、少なくても年3%以上の成長がなければ、競争に生き残れなくなり、経済的に破滅するということです」と発言しました。それで終わりでした。

 エンデは、この会議に出席した体験から、このような堂々めぐり的な思考にとらわれているのは経営者だけではないと考えます。この堂々めぐりは、何かから目をそむけていないと不安になる証ではないでしょうか。

 エンデはのちに、この経験を友人に話しています。「出席していた経営者を刺激して創造力の大レースをやらせようというつもりはなかった。ぼくはただ、出席者の一人一人が、たとえ自分のためでないとしても、自分の子供や孫のためにどんな未来像を描くのか、が知りたかっただけなんだ」

 エンデの思想の核は「根源からお金を問うこと」です。生前、彼へのインタビューを元にして編まれた「エンデの遺言」について、私が要点を抜粋して書いた文章があります。発想の転換に参考としてもらえれば幸いです。

→エンデと地域通貨

 あ、そうそう昨日のニュースに出ていた元投資銀行員で今サンドイッチ屋さんを経営している方がこう言ってました。
「以前はコンピューター画面ばかりの仕事で空しかった。今はしごとに実感が感じられる。とても楽しい」