茨木のり子「木は旅が好き」

 少しづつ秋風の涼しさ。この時季は虫たちもきっと楽屋で鳴き声のレッスン中。秋は詩が心を和ませてくれます。言葉の音楽なんだな、きっと。

茨木のり子『倚リかからず』より

木は旅が好き

 木は

 いつも

 憶っている

 旅立つ日のことを

 ひとつところに根をおろし

 身動きならず立ちながら


 花をひらかせ 虫を誘い 風を誘い

 結実を急ぎながら

 そよいでいる

 どこか遠くへ

 どこか遠くへ


 ようやく鳥が実を啄(ついば)む

 野の獣が実を噛(かじ)る

 リュックも旅行鞄もパスポートも要らないのだ

 小鳥のお腹なんか借りて

 木はある日 ふいに旅立つ ーー 空へ

 ちゃっかり船に乗ったのもいる


 ポトンと落ちた種子が

 <いいところだな 湖がみえる>

 しばらくここに滞在しよう

 小さな苗木となって根をおろす

 元の木がそうであったように

 分身の木もまた夢みはじめる

 旅立つ日のことを


 幹に手をあてれば

 痛いほどにわかる

 木がいかに旅好きか

 放浪へのあこがれ

 漂泊へのおもいに
      
 いかに身を捩(よじ)っているのかが

参考(茨木のり子さんの詩を引用してあるブログです)
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