茨木のり子「はじめての町」

 久しぶりに茨木のり子さんの詩です。津波で何もかもなくなった三陸のある町の光景を思いだして泣けてきました。こんな町だったはずなのに。。。
 どんな人でも、どんな事でも、なくしてからその大切さ、愛おしさを感じるものです。

 しかし、その清き想いを胸に再出発できる喜びも感じていかねばと思います。

 亡くなった方々のためにも。


(再開した蕎麦屋さん『てらっぱだげ』より見た雄勝町の風景)
 →何にもない町

茨木のり子『おんなのことば』より

はじめての町

 はじめての町に入ってゆくとき

 わたしの心はかすかにときめく

 そば屋があって

 寿司屋があって

 デニムのズボンがぶらさがり

 砂ぼこりがあって

 自転車がのりすてられてあって

 変りばえしない町

 それでもわたしは十分ときめく

       
 見なれぬ山が迫っていて

 見なれぬ川が流れていて

 いくつかの伝説が眠っている

 わたしはすぐに見つけてしまう

 その町のほくろを

 その町の秘密を

 その町の悲鳴を

 はじめての町に入ってゆくとき

 わたしはポケットに手を入れて

 風来坊のように歩く

 たとえ用事でやってきてもさ


 お天気の日なら

 町の空には

 きれいないろの淡い風船が漂う

 その町の人たちは気づかないけれど

 はじめてやってきたわたしにはよく見える

 なぜって あれは

 その町に生れ その町に育ち けれど

 遠くで死ななければならなかった者たちの

 魂なのだ

 そそくさと流れていったのは

 遠くに嫁いだ女のひとりが

 ふるさとをなつかしむあまり

 遊びにやってきたのだ

 魂だけで うかうかと


 そうしてわたしは好きになる

 日本のささやかな町たちを

 水のきれいな町 ちゃちな町

 とろろ汁のおいしい町 がんこな町

 雪深い町 菜の花にかこまれた町

 目をつりあげた町 海のみえる町

 男どものいばる町 女たちのはりきる町

参考(茨木のり子さんの詩やお話を引用してあるブログです)
 茨木のり子「娘たち」
 茨木のり子「聴く力」
 茨木のり子「私のカメラ」
 茨木のり子「落ちこぼれ」
 茨木のり子さんが好きな詩
 茨木のり子「木は旅が好き」
 お休みどころ
 みんな子供の頃があったんだよな〜
 大きい制服の新入生へ
 茨木のり子「球を蹴る人」
 茨木のり子「行方不明の時間」
 茨木のり子「友人」
 店の名
 久しぶりに茨木のり子さん
 人生の季節
 倚りかからず
 ロートル・ネット・シンドローム
 「鍵」を探し続ける日々
 年々かたくなる、からだと心
 ふと心をうたれた詩