さっそく観てきましたよ〜!ジブリの新作「風立ちぬ」、そして読んでみましたよ〜、堀辰雄「風立ちぬ」。宮崎駿さんが「自分の映画で初めて泣いた」こともよく理解できました。
宮崎監督が泣いたわけ、それはこの映画を72歳の「自分のために」「自分が好きなように」思い切り開き直ってつくったからに違いありません。
ですから子どもやあんまり若い人には向かないかもしれません。
それでも純文学好きの人ならとても気に入ることでしょう。
「まだ観てないのにネタばらしするな!」という方も多いと思います。
大丈夫心配いりません。
この映画にはとりたてて秘密にすべきストーリーはないのです。
作品を観ながら「自分の心のふた」が徐々に開いていく、そんな情感的作品なのです。
そして自然に、そっと指でぬぐえるほどの涙がにじんでくるのです。
小説『風立ちぬ』を読んだときと同様に。
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映画「風立ちぬ」は、その時代設定とは正反対に、実に静かな作品です。
時代は関東大震災から、5.15事件、満州事変、日中戦争に突入していくという、昭和のもっともおぞましき時代。
第二次世界大戦へと向かい、日本も世界ももっとも緊張し喧噪かまびすしき不幸な時代。
それなのに映像はその時代をまるで音が消えた世界のように、モノクロームのように、遠くへ押し出していきます。
スポットがあてられるのは主人公男女二人の静かで透明で、なおかつ情熱的な「純愛」です。
これは堀辰雄『風立ちぬ』の小説世界そのままです。。。
映画の背景となっている時代とまさに同じ頃書かれた小説です。
軽井沢での出会い、高原にキャンバスを立て、ペインティングナイフで風景を描く菜穂子(小説では節子)。
小説と同じサナトリウム。。。場面が重なります。
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さて、映画では。。。
日本の国運をかけた戦闘機(零戦)設計にたずさわる実在の主人公堀越二郎。
社会的、歴史的にみるならば、殺戮兵器を開発し戦争に荷担していた人と定義されるかもしれません。
しかし、彼はその設計に「美」を追求していた求道者でもありました。
根っからの飛行機、飛行体好きの監督ならではの設定でしょう。
美しさと悪魔の両面を持つ技術、国家と個人、生と死、どうにもできない矛盾の中に生き、悩み、死んでいく私たち一人一人。。。
映画の中でも言いましたが、飛行機は『美しくも呪われた夢』です。作りたかったものを作って、呪われ、傷を負う。でも、後になって曽根さん(堀越二郎の補佐)は『仕方がなかった』と思ったに違いないんです。そうやって、時代の中で精いっぱい生きた方がいい。これが良くてこれが悪いなんて、時代の中では誰も偉そうに言えないんですから
→零戦設計者の夢 映画監督・宮崎駿さん
映画にはこの言葉がよく出てきました。たったひとつの希望のように。
「いつかは戦争が終わる」
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小説『風立ちぬ』で、堀辰雄が邂逅した言葉は「風立ちぬ、いざ生きめやも」でした。
宮崎監督は、それを「生きねば。」と表現しました。
その心象風景は、現世を解脱したはずの釈迦が最後に発したとされるこの言葉に近いのではないでしょうか。
「なんとこの世は美しいのだろう」
たとえどんな矛盾や苦しみの中にあろうとも。。。
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(参考)
青空文庫『風立ちぬ』全文
宮崎駿さんの憲法観→ziburi憲法改正.pdf