小説の舞台裏

 浅田次郎著『赤猫異聞』を読んでいます。作者が登場人物に付けた名前から偶然小説の舞台裏を垣間見た気になりました。
 小説の多くは実在の事件や歴史に着想を得て創り上げられます。

 有名な事件なら、「あっ、あの事件、あの人物がモデルだな」とすぐわかります。

 その本の後書きや解説で紹介されていることも多いです。

 しかし、そうでない場合はすべて作家が一から考え出したことと思ってしまいます。

 「この作家の創造力・想像力はすごい!どのようにしてこのような人物像やお膳立てを考えつくのだろう?」と感嘆します。

 ついでに下手なブログしか書けない己の非力にうなだれてしまいます。

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 半年前に浅田次郎さんの講演を聞く機会がありました。

  →詩人が政治家であった国

 そのときの抽選で氏の最新作『赤猫異聞』を頂戴しました。サイン入りで。

 今寝床で読んでいるんですが、なかなかおもしろい。

 読んでいるうちに、この方はどうしてこんなに小説をたくさん書けるのだろう。どのように一から創造するのだろう、と羨望のこもった疑問が心に生じてきました。

 古典の作家はもともと別な(作家・芸術家)人種のように思っていますが、同世代の方だと少し我が身と比較してしまいます。

 私と同年配(二つ上)であり、作家になる前はいろんな職業に就いていた(普通の?)方なのにスゴイな〜と。

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 小説の三分の一くらい読み進んだところで「おや?」と思いました。

 主人公の一人「繁松」の名前が「高島善右衛門」に変わるのです。

 明治の時代も進み、博打場の名中盆であった彼は、小説のテーマである「火事による囚人の解き放ち」事件以降、「高島商会」という大商社の社長になっていたのです。

 私はあのデパート「高島屋」創業者の実話をもとにしたのだろうか?と思って調べてみました。

 そうしたら、さにあらず。

 ところが。。。「高島善右衛門」で検索すると「高島嘉右衛門」という記事がいっぱい出てくるのです。

 その記事(実話)を読んでみたら、これが『赤猫異聞』と同じくらいおもしろい!

 しかも小説の舞台設定、詳細描写にとても一致するところが多いのです。

 何よりも高島嘉右衛門の人柄や人生に対する対処の仕方が、小説の高島善右衛門そっくりであることに気づきました。

 どちらの物語も私の頭の中で重なり合ってしまいました。

 それは実に豊かな経験でもあります。

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 高島嘉右衛門とは横浜三名士の一人であり、さらにあの有名な『高島易断』の著者でもあったことを私はこのとき知りました。

 なんと伊藤博文はじめ歴代の首相も彼の易を頼りにしていたとのこと、はてはあの日露戦争日本海海戦でバルチック艦隊の進路まで卦を立てることを依頼された(見事的中)ことも知りました。

 彼の人生はドラマチックであり、若き日、江戸の大火を予測し材木を買い占めて、一世一代の大博打によって商売の苦境を脱したあたりはまるで小説のようです。

 彼は横浜に日本一の物産店を開き大繁盛しましたが、小説の主人公繁松と同様に(濡れ衣的な)罪を被り囚人となりましたが、牢内で偶然見つけた「易経」を六年間の囚人生活のなかで独学暗記し我がものにしました。

 小説に書かれた入牢の経緯、牢役人の信頼を得て牢名主になっていくこと、三十畳の牢に百人もの罪人が閉じ込められている牢内のすさまじき様子、これらは高島嘉右衛門が実際経験した内容とそっくりであることに気づきました。

 江戸の大火、出獄してから社会に頭角を表していく姿とあわせ、『赤猫異聞』の舞台設定、人物設定といくつも重なります。

  →横浜の易聖 高島嘉右衛門 (1)

  →実録・高島嘉右衛門伝(八回連載)

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 なるほど、作家はこのように現実をヒントにしながら、内容を独特に変容させて小説を創作していくのだな〜と、舞台裏を見せていただいたような感じがしました。

 とはいっても、これらは私の勝手な推測ですから悪しからず。

 こうして考えると、他の主人公、白魚のお仙、旗本七乃丞、そして下級牢役人丸山小兵衛にもきっとモデルとおぼしき人物がいることでしょう。

 いつか「あ〜、あの人物こそが!」とモデルに出会えるかもしれません。

 古いたとえですが、まさに「事実は小説よりも奇なり」であります。

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 と、ここまで書いて「もしかしたら」と思い、「お仙」で検索したら。。。

 なんと、やっぱりモデルとおぼしき実在の女性がいましたよ!

  →笠森お仙

 七乃丞の父上「岩瀬忠震」も実在の人でした。

  →岩瀬忠震

 丸山小兵衛はちょっとわかりませんでしたが、池波正太郎「剣客(けんかく)商売」の「秋山小兵衛」という小説の人物がもしかしたら着想のヒントかも?(テレビでは加藤剛・山形勲、中村又五郎、藤田まこと、北大路欣也が歴代のその役とのことです)

 読書の秋の寄り道回り道クネクネでした。