今朝の新聞で天野祐吉さんの訃報に接しました。なんと言ったらいいか。。。親しい身内を亡くしたような寂しさにとらわれています。
享年80歳だったそうです。
先日、新聞で天野さんのいつもの洒脱な記事を読んだばかりなのに。。。
とても残念です。
朝日新聞に毎週掲載された『CM天気図』では、3.11以降ほとんどの記事に「原発」批判がまじっていました。
原発そのものの危険性だけではなく、原発を許す社会構造や人の思考構造について、軽妙しかし真摯に鋭い批評を織り交ぜていました。
あたかも食卓で新聞を読みながら、眼鏡を額に上げ、少しまゆをひそめて独り言のように語りかける感じで。
私は、天野さんの小さな抵抗をずっと心の支えにしてきました。
ですから、亡くなられた今、歳は離れていても親しい戦友をなくしたような深い寂しさと悲しさを感じています。
『CM天気図』は連載1132回、一度も休載せずに続けたそうです。
私も天野さんを見習っていこうと思っています。
たとえ小さくたって弱々しくたって「自分にできる抵抗」を続けていこうと。
そしてもうひとつ。
歳をとっても天野さんのような「少年のような瑞々しい感性」を失わないようにしようと。
天野祐吉さん、心よりご冥福をお祈りいたします。
天野祐吉さん最後の記事
(CM天気図)ささやかなアンチ広告 2013年10月16日
いつの頃からか、スーパーで売っている野菜なんかに、作った人の名前と顔写真がついているのが出るようになった。
いいねえ、あれも。「がんこそうなおやじだな」とか「愛敬のあるおばちゃんだな」なんて勝手なことを思いながら、ニンジンや白菜やらを食べている。
作った人の写真まではなくてもいいと思うが、食べるものについては、やっぱり地産地消がいい。ぼく個人としては、できればバナナ以外は外国のお世話になりたくない。
が、世の中、そうはいかないらしく、地球を単一の市場にしてしまおうとするグローバリズムの動きが進めば進むほど、わが家の食卓にも外国でとれた食べ物がふえてきている。
ま、ある程度までそれはいいことだが、このままいくと、巨大な企業と政治の圧力で、地球はどんどん文化のデコボコを失い、のっぺらぼうの星になってしまう。
たとえば、地球上の人たちが、みんなユニクロを着て、みんなマクドナルドのビッグマックを食べながら、みんなトヨタのクルマに乗って走っている絵を、頭の中に描いてみるだけで気持ちが悪い。
一方で、エネルギーの大量消費で大気汚染や異常気象などの環境悪化がどんどん進み、そこにつけこんで「クリーンなエネルギーです」と、この国が輸出に熱心な原発が地球上にあふれるようになったら、そんな地球にあたしゃ住みたくないと言う人が、けっこう出てくるんじゃないだろうか。
スーパーの野菜に顔写真入りで作った人の名前を入れるのは、生産者と消費者の親近感を生み出そうとするCMの一種だが、それは同時に、アンチグローバリズムのささやかなCMだったりして。
参考(天野祐吉さん関連)
アクセク町からノドカ町へ
天野祐吉さんの小さな抵抗
「負けるもんか」というCM
ジョブス・モモ・ジュダイ
ゆでガエル現象への警告
「原発のない社会」→amano.jpg