ゲーテ 「好機の到来を待つ」

 ゲーテのブログを書くようになったのは『ゲゲゲのゲーテ』を読んだことがきっかけでした。さらにそのきっかけとなったのは朝ドラ「ゲゲゲの女房」の作業場に貼ってあったゲーテのこの言葉でした。
 「ゲーテの深い言葉」第7話を書きました。

 もう6年も経つのか!と驚いてしまいました。

 NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」が放映されたのは、去年だったかな〜?いや一昨年かも?と思っていたら2010年放映だったんですね〜。

 その頃の私は、朝飯を食べながらかかさずこの番組を見ていました。

 そんなある朝、向井理演じる水木しげるさんの仕事場に一枚の貼り紙を見つけて、とても心打たれました。

 後にそれがゲーテの言葉だと知り、水木しげるさんのインテリ度にもびっくりしたのでした。

 そして今、その言葉が記されている『ゲーテとの対話』(エッカーマン著)と対面しているわけですが、読み始める前に何よりも興味があったのは、この言葉がどのような状況のもとで発せられたものかを知ることでした。

 実は、ゲーテが社会生活や政治状況など対外的なことで悩んでいたときに発した言葉かなと思っていました。

 ところが、実際は自らの精神と肉体との間にかわされた言葉だったんです。

岩波文庫『ゲーテとの対話』中巻p222
1830年3月21日

 それから私たちは、肉体の病的な状態や、精神と肉体との相互作用について話し合った。

 「信じられないほどだ」とゲーテはいった。

 「肉体を維持していくのに、精神がどれだけ力を持っているかはね。私はよく腹工合が悪くなるが、精神の意志の力と上体の力で持ちこたえている。ただ精神が肉体に負けてしまわないように注意しなければだめだ!

 それで私は、気圧計の上がっている時の方が、低い時よりも仕事がかえって楽にできる。このことを知っているものだから、気圧計の低い時は、それだけいちだんと努力して、不利な影響を蒙らないようにするのだ。そうすると、うまく行くというわけさ。」

 「そうはいっても、詩においては、無理にやってもだめなことがあるものだよ。精神の意志の力で成功しないような場合には、好機の到来を待つほかないね。

 それで私は今、『ヴァルプルギスの夜』(ファウスト第一部)に時間をたっぷりかけているのだ。すべてがそれにふさわしい力と気品を備えるようにと期待してね。かなり進歩しているから、君が出発する前には仕上がると思うな。」

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 この言葉を語ったときゲーテは八十歳、亡くなる二年前のことでした。

 ほぼ60年をかけた「ファウスト」が、この年にようやく完成したようです。

 そして、この年の冬ゲーテは大喀血します。

 腹工合が時々悪くなると語っていますが、この頃はきっと体調ままならぬ肉体と何とか折り合いをつけながら、創作に最後の力を集中させていたのでしょう。

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 私はこの言葉を「対外的な困難に耐える言葉」だったのかな〜と想像していましたから、ある意味期待外れではありましたが、読み直してみるとかえって深い思いが感じられてきました。

 この文章の少し前の行でゲーテはこんなことを語っています。

 「肝心なのは、克己自制することを学ぶことだ。もし私が誰にも妨げられず、したい放題にふるまったとしたら、きっと自分自身はもちろんのこと、まわりの者も破滅させてしまったにちがいないね。」

 ゲーテは、実に多くの辛抱の中で自己の芸術をたゆまず生み育ててきた人でした。

 水木しげるさんも、ズバリ言えば、極貧という状況の中で、毎日が自分の中の「作画」という精神と「食欲」という肉体との戦いであったことでしょう。

 なるほど、水木さんの状況は、ムードや見かけは違いますが、ゲーテのそれと同じであったのだな〜とわかってきました。

 「克己」「自制」そして「無理をしない」という姿勢もお二人には共通であることもよくわかってきました。

 ですから水木さんの戦記物(「総員玉砕せよ」など)も、極限状況の中にどこかユーモアがあり、気楽に読ませてくれるわけです。

  参考→「ゲゲゲのゲーテ」より抜粋
   →ゲーテ「趣味について」
   →ゲーテ「わが悔やまれし人生行路」
   →ゲーテ「嫌な人ともつきあう」
   →ゲーテ「相手を否定しない」
   →ゲーテの本を何ゆえ戦地に?
   →ゲーテ「私の作品は一握りの人たちのためにある」
   →ゲーテ「好機の到来を待つ」
   →ゲーテ「独創性について」
   →ゲーテ「詩人は人間及び市民として祖国を愛する」
   →ゲーテ「若きウェルテルの悩み」より抜き書き
   →ゲーテ「自由とは不思議なものだ」
   →ゲーテ「使い尽くすことのない資本をつくる」
   →「経済人」としてのゲーテ
   →ゲーテ「対象より重要なものがあるかね」
   →ゲーテ「想像力とは空想することではない」
   →ゲーテ「薪が燃えるのは燃える要素を持っているからだ」
   →ゲーテ「人は年をとるほど賢明になっていくわけではない」
   →ゲーテ「自然には人間が近づきえないものがある」
   →ゲーテ「文学作品は知性で理解し難いほどすぐれている」
   →ゲーテ「他人の言葉を自分の言葉にしてよい」
   →ゲーテ「同時代、同業の人から学ぶ必要はない」
   →ゲーテ「自分の幸福をまず築かねばならない」
   →ゲーテ「個人的自由という幸福」
   →ゲーテ「喜びがあってこそ人は学ぶ」