ノボノボ童話集「思いがけない幸せ」

 十代の頃、私がワクワクしたのは土曜日の午後や本屋さんで本を選ぶときでした。日曜の過ごし方を自由に選べる、買う本を自由に選べる。多様な選択肢を今所有しているという幸福感でした。

ノボノボ童話集

思いがけない幸せ

 彼はだれよりも幸せのはずだった。

 由緒ある家柄、裕福な両親、何不自由なき幼年時代。

 秀才で、運動神経もルックスも性格も良い彼は、

 同級生のあこがれの的だった。

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 そんな彼の進む道は、自ずと決められていた。

 一流の学校から一流の会社へ。

 ほどなく才色兼備の奥方をめとり、素直で優秀な子供に恵まれた。

 そつなく仕事をこなす彼はどんな上司にも重宝がられ、

 エリートコースというのは、彼のためにある言葉のようだった。

 健康かつ裕福な人生行路に彼も家族も満足していた。

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 しかし、彼の心にいつしか冷たい風が吹き抜けるようになった

 順風満帆の航海に心が退屈でもしたように。

 この空虚さはいったいなんだろう?

 彼は悩み始めた。

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 魔が差したとはこのようなことだろうか、

 彼は無意識に押してしまったのだ。

 封印されていた「心のスイッチ」を。

 その時から彼の非行が始まった。

 会社を何日も無断欠勤し、酒びたりとなった。

 あげくに万引きやら何やら。。。

 まもなく会社は解雇され、妻とも離婚した。

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 彼は人生のどん底でもがき苦しんでいるはずであった。

 ところがそれが逆だったのである。

 浮浪者同然となった彼なのに、いつも笑みを浮かべている。

 ある日、かつての同僚が彼を見つけ支援の手をさしのべた。

 「なんてこった、昔のあなたに戻りましょうよ」

 彼はにこやかに首を横に振った。

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 彼は心の中でこう思った。

 「あいつは哀れだな〜、昔の俺と同じだ。

 決められた線路しか走れない不幸、

 飼い慣らされていく不幸がわからないのだ。

 明日はどうなるかわからない俺だが、

 だからこそ、明日の生き方を無限に持っている。

 自分の可能性を自分で選べる幸せ、

 これに気づいたら、もう引き返せない」

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 彼の近くを走り抜けた野良猫を目で追いながら、

 彼はふざけてつぶやいた。

 「幸せっていうやつは、案外、見かけとは違うものだニャー」

ノボノボ童話集
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