ノボノボ童話集「窓ごしの二人」

 今日は趣向を変えて古風で地味な恋愛話を書いてみました。私たちの世代の恋愛は「シャイな情熱」という言葉が似合っていたな〜なんて思っています。

ノボノボ童話集

窓ごしの二人

遠慮がちでロマンチックな恋愛がまだ多かった頃の話である。

画家をめざす彼は日々修行中の身であった。

夜型の彼は毎日同じ時、同じ場所で遅い朝食をとる。

それは近所にある小さな喫茶店。

開店の10時になると決まって同じ窓際の席に座り、

いつものモーニングセットを頼む。

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コーヒを片手に彼が窓ごしに見るのは、

向かいにあるケーキ店で働く清楚な女性。

彼はバッグから画帳を出して、ひそかに彼女を描く。

これもまた彼の日課だった。

出来の良かったものはマスターにあげた。

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向かいのケーキ店で働く彼女も彼を見ていた。

気があることを悟られまいと伏し目がちにしながら。

窓ごしに見る彼は誠実でシャイな印象だったが、

なにかしら内に秘めた熱い情熱を感じ惹かれていた。

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彼は自分の誕生日の日、ついに意を決した。

断られるかもしれないが、彼女をお茶に誘ってみようと。

そしてその日、喫茶店には行かずケーキ屋へと向かった。

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彼女は彼をもっと間近に見て声を聞きたいと思った。

できればいっしょにお話ししたいと思った。

そしてその日、休みをとって喫茶店へと向かった。

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彼がケーキ屋に行ったら彼女はいない。

休みと聞いてがっかりし、縁がなかったと思った。

何も買わず店を出ようとして、向かいを見た。

喫茶店の窓ごしのいつもの彼の席には、

会えなかった彼女が座って、彼を見つめていた。

・・・・・・・

喫茶店に入った彼女はいつもの時間に彼がいないので

やはり縁がないんだわ、と落胆していた。

カウンターで一人コーヒーを飲んでいたら、

その奥に一枚のデッサンが飾ってあった。

なんとそれは自分自身ではないか。

彼女は彼の視線を確かめたくて、彼の定席に移った。

そして窓ごしに向かいを見たとき、

ケーキ屋を出ようとしている彼の姿があった。

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彼はケーキ屋に戻り丸いケーキを買った。

そして向かいのいつもの喫茶店に入った。

いつもの席の向かい側に座り、

僕の誕生日を一緒に祝っていただけますか、と聞いた。

彼女は百合のようなほほえみを浮かべ、

恥じらいながらうなずいた。

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小さな喫茶店はいつものように、

いつもの珈琲の香りだけが満ちていた。

この日から喫茶店の窓ごしに、

時々二人の顔が見られるようになった。

視線はもう窓を向いてはいなかった。

ノボノボ童話集
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 →「妖怪ワケモン」 
 →「森の言葉」
 →「究極の薬」
 →「アキレスと亀」
 →「宇宙への井戸」
 →「思いがけない幸せ」
 →「本屋の秘密」
 →「美しき誤解」
 →「サンタの過去」
 →「車のない未来」
 →「恐怖のミイラ」
 →「一番暖かい服」
 →「沈黙は金」
 →「素晴らしき嘘」
 →「未来から来た花嫁」
 →「未来のお化粧」
 →「幸せのタイミング」
 →「夢を描く画家」
 →「忍者犬チビ」