大変な「未来予想図」その1

 二ヶ月前まで人工知能ネタのSF超ショートショートを書いていましたが、ただ今挫折中です。というのはどんなSF的発想も現実(科学技術)の領域で進行中であることがわかり圧倒されてしまったからです。十数年前に書かれた本にさえ目を見張る遺伝子工学、ロボット工学、ナノテクの実績や研究がこれでもかと思うほど載せてあります。その延長上の未来はSFを超えています。なにせ「人間」が終焉(というか超進化)し、別な生命体になることが合理的に予想されるのですから。
 最近読んだ科学的裏付けのある未来予想本から、驚くべき未来の一コマを時々抜き書きしていこうと思います。

 今日は超楽観的な未来観に立つラムズ・メイ『超人類へ!』からの抜粋です。

 (楽観派の代表がラムズ・メイ『超人類へ!』で、悲観派の代表がビル・マッキンベン『人間の終焉』、中間派がユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』です)

 彼はマイクロソフトのIEやOutolookの開発者でもあり、ナノテク企業のCEOでもあります。

 われわれホモサピエンスは超人類への懸け橋的存在であり、それを喜ぶべきだという考え方であらゆる生命(遺伝子)工学、科学技術を肯定します。

 今や人工関節というインプラントを多くの人が抵抗なく受け入れています。

 (近い)未来においては脳へのインプラントも当たり前になってゆくだろう、そんな未来予想図を具体的に描いています。

 たしかに高齢化社会の認知症問題には有効かもしれないが、インプラントを入れられる金持ちとそうでない人々の間にとてつもない階層分断が起こるかも。。。

ラムズ・メイ『超人類へ!』P228-P233

第10章 ワールド・ワイド・マインドより

 未来のある日、あなたは思い切ってコンピュータ・インターフェースを脳に埋め込むことにしたとしよう。

 あなたはこういうことを気軽に、いち早くやれるタイプの人間ではない。だが、脳・コンピュータ・インターフェースが一般大衆に認められてからすでに一〇年も経っている。友人もほとんどインプラントを入れていて、あなたには不可能なレベルで情報を交換し合うのを見て、うらやましく思っている。インプラントを入れていないために、どれだけ損をしていることか、友人たちからつねづね言い聞かせられるのにはもううんざりだ。

 それでもまだ、そう簡単に手を出すわけにはいかない。まずはほかの人たちが処置を受けるのを待ち、安全性に関する統計データや主な副作用について詳細に調べる。そうして、この先数年は時代遅れになりそうにないモデルに目をつけた。さらに、経験豊かな、装置埋め込み手術で十分な実績をあげている医師を選び出す。

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 ある日の午後、病院に出かけていく。

 麻酔医が処置をして頭の感覚はなくなるが、あなたは目覚めたまま。手術台に横たわると、医師が頭蓋骨に小さな穴を開け、そこから、びっくりするほど軽くて柔軟なメッシュ状になった電子回路を頭のなかに挿入。さらに、同じ穴から挿入したきゃしゃな器具でもってメッシュを広げ、脳の表面全体を覆う。きちんと収まったメッシュは、何百万本もの微細なフィラメントを脳のなかに差し込んでいく。

 一本一本のフィラメントは髪の毛の一〇〇〇分の一ほどの太さしかなく、ニューロンのなかでも最も細いものよりもはるかに細い。この作業が終わると、頭骨のすぐ内側に、ごく小さなトランスミッターとレシーバーが移植される。

 最後に、はずしておいた頭の骨をもとの位置に戻して、骨の治りを早くするために増殖因子を塗布してできあがりだ。かさぶたが癒えれば、外から見てもインプラントが入っていることはまったくわからない。

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 手術後、あなたは回復室でしばらくすごすが、何の異変も感じられない。医師がやってきて、処置は成功しインターフェースが機能していると告げる。

 しばらく休んだのち、食事をとってから一眠り。翌朝がトレーニングの始まりだ。初日は、インターフェースと視覚情報を扱う部位とをなじませるのに使われる。スクリーンに一連の絵が映る。絵を見ると、脳内インプラントは視覚野やニューロンの活動をモニターし、あるイメージにどのニューロンが反応して興奮するのかを記録する。一時間後、インプラントはあなたの脳の機能地図を首尾よくつくりあげる。

 さて次は、イメージがスクリーンに一瞬提示されたら眼を閉じるようにと言われる。すると、スクリーンで見たのと寸分変わらない絵が頭のなかに浮かぶのだ。ときには、何か違うところがあったりもするが、その場合はボタンを押して食い違いを知らせてやる。午後になってすぐに、インプラントは静止画や動画をほとんど完壁な正確さで提示することができるようになっている。

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 昼寝のあとは、第二回目のセッションだ。今度はゲーム形式である。モニター上の宇宙船をコントロールして、障害物をさけて進んでいくというものだ。上に下に、右に左に、前進後退。ただし、ジョイスティックやキーボードで操作するのではないし、声でコントロールすることもできない。宇宙船をどう動かしたいのか考えるように、と指示される。集中すれば、どうにかこうにか宇宙船を動かすことができるようにはなる。だが、なかなかうまくいかずにいらいらしてくる。

 技師があなたをなだめるように、自分はこのゲームをやるのにかなりの時間がかかったけれども、あなたはかなり速いほうですよ、と言う。気を取り直して再びゲームに取り組む。最初、じわじわとコントロールできるようになり、その後、コツをつかむようになるにつれ、早く上達するようになる。まだまだ手でやったほうがうまくいくとはいえ、どんどん上手になっていく。

 最後に、ゲームをしながら身につけた技術でもって、インプラント自体をどうやってコントロールするのかを学ぶ。まずは、頭のなかの「スクリーン」を活性化する方法から。そこにはインプラントからの情報が提示されている。スクリーンは心のなかにあり、インプラントが電極を通じて視覚野に投射したものだ。メンタル・プロジェクション(心内投射)の領域を活性化するやりかたを把握したら、あとはスクリーン内のカーソルを動かすやりかたや、インプラントがあなたに見せる「ボタン」をどうやってクリックするのか、そのあたりの練習だ。

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 午後遅くに退院。新しい能力を自力で探索するのに必要な道具はすべて持っている。つれあい(もうすでにインプラントを受けている)とともに帰宅する。翌朝、またトレーニングを始める。

 インプラントを活性化すると、インプラントはトレーニング中に音楽を投射するようにガイドする。そこで、ヘッドフォンをつけて、病院から渡された音や音楽を流す。視覚に関して行ったのと同じように、インプラントは、聴く音に応じてあなたの脳がどのように反応するのかをモニターする。昼頃には、インプラントを通じて心のなかで音を鳴らせるようになっている。

 午後からは、インプラントのガイドにしたがって一連のエクササイズを行い、触覚に関するトレーニングを行う。まず、身体のあらゆる場所に体系的に触るように指示される。立ち、座り、横たわる。熱い風呂につかったり、冷たいシャワーを浴びたりする。これらを通してインプラントは触覚のそれぞれがどのように脳に影響するのかをつかみ、それによって、これらの効果を模倣するにはどのように脳を刺激すればよいのかを学習するのだ。

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 次の日、インプラントのトレーニングのなかでは最もややこしい段階、つまり言語によるコミュニケーションの学習を始める。

 リラックスしていると、インプラントが視覚や音を用いて、単語、フレーズ、文章を提示し、あなたは反復する。視覚イメージが見せられ、その名称を言う。また、心内スクリーン上に提示されたパラグラフやページの読みかたや、心のなかでしゃべりながら、「次へ」というボタンを押すやりかたも教わる。

 第一日日が終わる頃には、思考により言葉を「タイプ」してインプラントに提示する方法を、まだ初歩的な段階だが、身につけられた。次の日、ふたたび練習。三日目の終わり頃には、考えるのと同じくらいのスピードで、インプラントに向けて指令を送ることができるようになっている。

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 次の日は、言葉以上のものによるコミュニケーションの学習。インプラントを持つ人とどのようにしてコンタクトをとればよいのか、あなたのインプラントが教えてくれる。つれあいと言葉をやりとりして練習するが、この、黙ったままでコミュニケーションできるという能力には度肝を抜かれてしまう。

 その後、インプラントは、ほかの感覚を送るやりかたも示す。ためしに、いま見ているものや聞いているもの、感じていることをつれあいに送ってみる。さらに、目を閉じて花やロマンチックな旋律を思い浮かべ、それも同じように送ってみる。

 つれあいは同じようにイメージを返してよこす。この信じがたいようなコミュニケーション方法を探索するうちに、感情や、抽象的な考えまでも送れることがわかった。ひとつの会話のなかで、言葉やイメージ、音、感覚を行き来するのも可能だ。

 その夜は、感覚や感情をたがいに開放したままでの、つれあいとのセックス。その親密さは、ほかにたとえるすべもなく、途方もなく圧倒的なものなので、たじたじとなってしまう。しかし、いずれまたやってみることになるのはわかっている。こうして、あなたたちの親密さはかつてないほどの深みに達することになる。

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 次の日には仕事に復帰。それから数週間、自分の生産性が大きくアップしているのがわかる。インプラントを持つ同僚と一緒に仕事すると、そうでない相手と比べて、スピードや正確さが格段に違い、作業しやすいのだ。

 インプラントを持つ相手とのミーティングでは、心のなかの図やイメージ、声に出さないスピーチで、いつもどおりの仕事をこなす。インプラントを持つ人と持たない人とが混じっている場では、心でコントロールしながらプレゼンテーションを行い、テキストやイメージをスクリーンに投射したり変更したりする。この能力はマーカーとホワイトボードではけっして成し遂げられないものだ。

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 帰宅後はインプラントの能力の探索の続きだ。インプラントを用いて、睡眠や食欲、気分、性的な興奮などをコントロールする方法を身につけるのだ。

 心臓の鼓動や呼吸までもコントロール可能になり、また、そうしようと思うだけで冷静な状態でいることもできるようになる。インプラントを用いてインターネットを探索し、質問を送って答えを得るといったことも、考えるだけでできるようになる。

 インプラントから、さらに複雑さを増すエクササイズをこなすようにと指示される。数字や形、色、名前、顔、場所などなど、あらゆる種類のものを対象にした記憶ゲーム。足し算、引き算、掛け算。戦略ゲームやメンタルパズルも。こういった活動のすべてを通じて、インプラントはあなたの脳活動を研究し、高次機能と接続するしかたを学習しているのである。

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 一歩一歩、インプラントがメンタルな能力を加えて行くにしたがって、あなたが感じるのは自分が鋭くなっていくことだ。数学的な問題をつぶやけば、即座にインプラントが答えを送ってよこす。一度に二〇桁の数字を憶えられるようになるが、以前は七桁しか記憶できなかった。

 仕事中に集中力が減退することも少なくなり、一度に多くのことを考えられるようになる。インターネットになんらかの問題を問いかけると、答えはすばやく返ってくるようになり、ときには問いかける前に答えが返ってくることもある。

 インプラントを持つほかの人たちと記憶や経験をやりとりするのは今や当たり前のことだ。他人の目を通して世界を眺めることも学ぶ。また、他人に自分の目を通してものを見せることも。年月が経つにつれ、あなたは、インプラントが生きていて、かつ、もともと自分の一部だと感じるようになっていく。それを使うのは息をするのと同じぐらい自然なことなのだ。インプラントとの接続なしの生活など、もう想像もできないほどだ。

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 このシナリオはSFではあるが、出てくるのは、すべて、すでに本書で紹介した研究を基盤としたものばかりだ。現在までに脳についてわかっていることからすると、ここ数十年のうちに、私たちは知的活動とコンピュータとをかなり深い度合いで接続できるようになり、さらにコンピュータによって、たがいに接続しあえるようになる、と考えられる。