ゴーゴリーの風景描写に圧倒される

 19世紀ロシア文学は世界文学の中でも超別格です。とくに私が好きなのはゴーゴリーやプーシキンです。なかでもゴーゴリーの「タラス・ブーリバ」は血湧き肉躍る作品で何度読んでも面白い。
 最近読み直してみて、ストーリーの面白さやコサック民族の情熱描写以外に、風景の描写が圧倒的に素晴らしいことを知りました。

 絵画の巨匠と同様に、大作家というのは、対象の観察、描写のディテールが並の作家とは桁違いであるとつくづく感じます。
 19世紀ロシア文学の偉大な作家に共通する背景は「ロシアの母なる大地」です。

 ゴーゴリーがプーシキンと並び、近代ロシア文学の父と言われる所以はその大自然の描写力も大きな要因であったことでしょう。

 コサックの復讐劇であり、哀しき騎士物語であり、すさまじく残酷で高貴であるこの物語から、泥沼に咲く蓮のごとき美しい風景描写を抜き書きしてみました。

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 ゴーゴリー「タラス・ブーリバ」より抜粋
 曠野は行けば行くほど、ますます美しくなった。

 その当時は南ロシヤの全部が、現在の新ロシアを成している全領域が、黒海の沿岸にいたるまで、すべて荒れるにまかせた緑の処女地だった。

 その果てしもない雑草の波を分けて犂(すき)が通ったことは一度もなかった。

 ただ馬だけが、まるで林の中へ入っていくように、その雑草の中へ姿をかくして踏み荒すだけだった。

 大自然の中で、これよりも美しいものは何ひとつなかった。

 地表の全面が緑色をおびた黄金色の大洋となって、いたるところに幾百万とも知れない色さまざまな草花がちりばめられていた。

 細くて背の高い草の茎の間から、空色や、青や、薄紫の矢車菊の花がのぞいていて、黄色い花をつけた針エニシダはそのピラミッド型の梢を上へ突き出し、クローバーの白い花は傘の形をした頭で野原を点々と飾り、どこからともなく運ばれてきた小麦の穂が茂みの中で実っていた。

 その細い茎の下にはシャコが首をのばして、ひょこひょこ駆けずりまわっていた。

 大気は数かぎりもない、さまざまな鳥たちの鳴き声で満ちあふれていた。

 空には大鷹が両翼をひろげ、その両眼をじっと草の上にそそぎながら、いつまでも同じところにうかんでいた。

 地平線の一角を群がり過ぎて行く雁の鳴き声が、どこか遠くのほうにあるらしい湖にこだましていた。

 草むらの中から、リズミカルな羽ばたきを立てて一羽の鴨が舞い上がり、存分に青い大気の波をくぐって遊泳した。

 ほら、あいつはもう空の高みに消えていき、一つの黒い点になって、ちらついているだけだ。

 そうら、翼をひるがえして宙返りだ、太陽の光を受けて、きらりと閃いた。

 ええい、畜生、曠野め、なんて貴様はすてきなんだろう!

 われらの旅行者たちは昼食をとるために、ほんの数分問、立ちどまったので、彼らに随行してきた十人のコサックからなる一隊も馬から下りて、火酒を入れてある木の樽と、コップのかわりに使う瓢箪(ひょうたん)を馬からほどいて出した。

 一同は脂肪(ラード)をつけたパンとか、麦粉の揚げ煎餅といったものだけを食べ、タラス・ブーリバが道中ではけっして酔っ払うほど飲むのを許さなかったので、ほんの元気づけのために、ただ一杯ずつ火酒を飲んだだけで、また夕方まで旅をつづけた。

 夕方になると、曠野全体がまったく変ってしまった。

 華麗な曠野の全面が、太陽の最後の明るい反映につつまれ、まるで影が野面(のづら)を走り過ぎていくように、しだいに暗くなってきて、曠野は暗緑色になっていった。
 夕霧がますます濃く立ちこめ、花という花、草という草が芳香を発散して、曠野全体が香気にむせかえった。

 青みがかった暗い空には、まるで巨大な画筆(ブラシ)で書きなぐられたような、薔薇色をおびた黄金色の幅ひろい縞が何本もかかっていて、ときたま、あちこちに、ふんわりとして透きとおった雲きれが白く見え、海の波のような、こよなくさわやかな、魅惑的なそよ風が草の葉末をやっと軽くゆすり、そっと頬をなでていった。

 日中なり響いていた音楽はみな静まりかえって、別のものに変っていった。斑点のある地鼠どもがその巣穴から這い出し、後足で立って曠野に鳴き声を響かせた。

 こおろぎの鳴き声がますます大きくなってきた。

 ときたま、どこか遠くはなれた湖から白鳥の叫び声が聞えてきて、銀鈴のように空中にこだました。

 旅行者たちは野原のまん中に馬をとめて、野営の場所をきめると、焚火し、その上に大鍋をかけ、その中で自分たちの雑炊を煮ると、湯気が支柱に沿って立ちのぼり、斜めに空中に棚引いていった。

 夕食をすませるとコサックたちは、自分たちの馬の両脚を縛って草原に放してやってから、横になって眠りについた。

 彼らほ長上衣を敷いて手足を伸ばした。

 夜の星が彼らをまっすぐに見下ろしていた。

 彼らはみな自分の耳で、草原に群がっている数かぎりない虫の世界を、その震え声や、口笛のような声や、とめどもないおしゃべりをみんな聞いていた。

 それらはみな、夜半の世界に高らかに鳴りひびき、さわやかな大気の中で冴えわたり、夢うつつの耳に子守唄のように聞えてきた。

 もし彼らのうちの誰かが目を覚まして、しばらく起き上がっていたら、曠野一帯に夜光虫のきらきら輝く光がまき散らされているのを見たことだろう。

 ときおり、夜空のここかしこに、どこかの牧場や河岸で枯れた葦を焼く火の遠い空やけが照りはえて、北をさして飛んでいく白鳥の黒い列が、不意に銀色がかった薔薇色の光に照し出されたりすると、まるで赤いネッカチーフが暗い空を飛んでいくように見えるのだった。

 旅行者たちはなんの出来事にも出会わずに、馬を進めていった。

 どこまで行っても木立ちに出会うこともなく、いつも同じ姿の、果てしもなく、自由で、美しい曠野がつづいていた。

 ほんのときたま、はるかな脇のほうに、ドネーブルの河岸につらなる遠くはなれた森の梢が青ずんで見えるばかりだった。

 ただ一度だけ、遠くはなれた草原の中にぼつんと黒く見える小さな点を指さして、「見てみろ、倅ども、それあそこへタタール人が馬を飛ばせて行くぞ!」と、タラスが息子たちに言った。

 口ひげをはやした小さな顔が、遠くのほうからまっすぐに、その細い目で一行を見すえて、猟犬のようにあたりの空気を嗅いでいたが、コサックの人数が十三人であることを見てとると、玲羊(カモシカ)のように素早く消え去った。