小泉八雲の「怪談」からのリメイク第三話です。「青柳のはなし」より翻案したショートSF、書いてみました。。。
ショートSF
青柳と妹のはなし
K氏は52歳、高校で生物の教師をしながら、実は長年「不老不死」を研究していた。
「不老不死」といっても、秦の始皇帝が探させたという霊薬を見つけるようなことではない。
「生命の循環」の研究とでも言ったほうが近いかもしれない。
動物も植物も生命体はすべて死して土に還り、その土からまた新たな生命が誕生していく。
彼はこの生命の循環こそ自然の最も偉大な摂理であると信じている。
そして前の生命体の痕跡が次の生命体に存在するはずだと思っていた。
リレーのバトンのごとくに必ず。
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しかしいくぶん怪しい研究テーマでもあり、異常犯罪者扱いされかねないので、研究はとても慎重に、家族にさえ隠れて行っていた。
学校の仕事が終わった後や休日の何日か、彼は甲虫の調査研究をするという口実で、十数キロ離れた場所にある湖沼に出かけていた。
湖沼は周囲が2キロほどで、まわりはクヌギやコナラの林に囲まれている。
その林にある非常に細い坂道を200メートルほど上ると、木々で隠された場所に4坪くらいの掘っ立て小屋がある。
彼がこの隠れ家をつくってからもう12年になる。
ここには竹で編んだ「行李」や桐でつくられた昔の「茶箱」が五つ六つ置いてあり、中には彼が古書店で見つけてきた古今東西の「不老不死」に関する書物や資料、それと彼の研究ノートが入っていた。
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彼は変人かもしれないが、研究の動機は決して納得できないものではなかった。
彼は思春期の頃に両親を立て続けに亡くした。
追い打ちをかけるように、たった一人残った家族である五つ下の妹も、心臓の病で彼が三十才になる前に突然亡くなった。
まだ若い彼は、この世の無常と、どうにもできぬ無力感を強く感じ、心の底に大きなしこりが残った。
彼は家族の供養、そして自分を救うべく「不老不死」という真っ暗な森の中へと彷徨い入っていったのである。
死は別の生命体への移動にすぎない、いつか懐かしき家族と再会できるはずだ、という宗教に近い願いが彼の心のしこりに取って代わった。
しかし科学の学問を修めた彼は、どうしても宗教に救いを求めることはできなかった。
そこで多少科学とも接点がある類いの不老不死の書籍を集め、彼独自の研究をはじめたのだった。
実に切ない話である。
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さて、研究に手を付けてから十年もたった頃、林の中で衝撃的な体験をした。
初夏のある日、林の中にある小さな沢を歩いていたときにわか雨に遭った。
沢の近くには柳の木がたくさん生えており、そこで雨宿りをした。
彼は樹木の肌に頭の後ろを押しつけて雨がやむのを待っていたのだが、そのとき不思議な感覚が身体の中に生じた。
木々が温かく自分を抱きしめてくれているように感じたのだ。
さらになんとも言えない懐かしさが生じ、彼の目は決して雨だけではないものに濡れた。
彼は「生命のバトン」を見つけたと思った。
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季節は秋になった。
彼の勤める学校に一人の女子が転校してきた。
授業で彼女を見たとき、彼は驚きのあまり本を落としてしまった。
二十年以上前に亡くなった彼の妹にうり二つだったのだ。
授業中どうしても彼女の顔をちらちらと見てしまうのだが、彼女はときどき憂いを含んだまなざしで窓の外を見ていることがある。
生徒たちはそんな先生の挙動にすぐ気づき、先生と彼女は陰でうわさの的になっていた。
しかし彼にはそんなことはどうでもいい。
授業で、そして登校時や下校時に、彼女の姿をそっと見ることが彼の生きがいとなった。
彼女も彼の気持ちを温かく受け止めてくれているようだった。
彼はとても癒やされていった。
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翌年の初夏、誰もいない教室で、彼女は先生である彼と二人きりだった。
彼女は彼にか細い声でこう語るのだった。
「お兄ちゃん。。。会いたかった。そして会えて嬉しかった。でも私はもう帰らねばいけないの。。。そして二度と会えないの」
「えっ!やはり、、、でもどうして?」
彼女は静かに彼に背中を向けて語った。
「わたしは人間ではないの。木の精がわたしの魂なの。あの雨宿りした柳の樹液がわたしの生命なのです。でも、だれかがいまわたしの木を切り倒しています。そのためわたしは消えて次の生命にバトンを渡さなければならないんです。。。」
語り終えると彼女は彼を見て「お兄ちゃん、いつかまた会いましょう」と涙を浮かべて教室から走り去った。
彼は暗くなってきた教室に呆然と立ち尽くしていた。
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しばらくたったある日、彼は柳の木のあった沢を訪れた。
沢の側にはハイキングコースの道が整備され、柳の木は伐られてなくなっていた。
彼はとても悲しみ一人泣いたが、不思議なことに、その後喜びの感情が生じてきた。
「亡き妹と再会できたのはなんという幸福だったことだろう。そして私の研究も正しいことがわかった。あの柳の木に妹の魂が導いてくれたのだ。いつかバトンを受け継いだ妹の化身とまた出会えることだろう。両親にだって。。。」
彼の頬は温かい赤みをおび、雲を見上げる顔には笑みがこぼれていた。
「ありがとう。。。」と彼はつぶやいた。
彼の研究生活はこの日で終わった。