「小泉八雲集」からのリメイク第四話です。「鮫人の恩返し」より翻案したショートSF、書いてみました。。。
ショートSF
鮫人(さめびと)の秘密
人間ほど愚かしい生き物はいない。
なぜなら、自分たちが為したように他の生物も為せるのでは?などと誰も意識したことがないからだ。
人間は宇宙から見れば無限小の存在である。
にもかかわらず、銀河系はもとより深宇宙まで観測し、知識を日々新たにしている。
これを喩えれば、微生物やウイルスが地球全体や太陽系を観測しているようなものだろう。
もしかしたら普段見慣れている動植物が、人間には未知の方法で(いわゆる)進歩を遂げているということもありうる。
しかし人間というものは、己だけが知の進歩を遂げていると信じて疑わないのだ。
しかし、ついにその盲信が覆されるときが来た。
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2015年のことである。
マイクロソフトの共同創業者であったポール・アレンは、とてつもない投資と8年に及ぶ調査の末、太平洋戦争でレイテ沖に沈んだ戦艦武蔵の遺骸をついに発見した。
100時間以上にわたる調査映像は編集後多くの国のTVで放映され、当たり前だが日本では多くの人が衝撃を受けながら食い入るようにその映像を見た。
当時最強最厚を誇った船腹の鋼板は魚雷で無残にめくれ上がり、主砲弾および火薬の海中での内部爆発により船はバラバラに吹き飛んでいた。
兵士の惨状、戦争の悲惨、空しさをあらためて感じた人も多かったであろう。
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海に投げ出された兵士は船体沈没の渦に巻き込まれ、海中深く呑まれた。
海中で仲間の悲鳴が聞こえたそうである。
浮かび上がった後、鮫に食われて亡くなった兵士も多数いた。
戦艦武蔵に限らず、古今東西の沈没船の船員の多くが鮫に食われた。
しかし、食われただけではなかったということがわかったのである。
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ポール・アレンの調査船は、衝撃的なある映像を撮っていた。
あまりに衝撃的であるため発表は控えられ、国防上の問題から米国の最高機密とされた。
「エリア51」と同じであった。
戦艦武蔵の破壊された司令室の付近に、人間のように見える生物が複数垣間見えたのだ。
とてもおぞましいのだが、あえて表現するならその生物は「鮫人(さめびと)」と言えるものであった。
日本の民話に「鮫人の恩返し」という話があるが、それに近い姿態の生き物であった。
その民話から姿に関する部分を抜粋してみよう。
<その生き物は人間の体に似ていたが、墨のように真っ黒であった。顔は鬼のようである。目は緑柱石(エメラルド)のように緑いろで、髯は竜のよう。藤太郎は、最初ひどく驚いた。が、彼を見つめるその緑いろの目が、いかにもやさしそうだったので、ちょっとためらったあと、思いきってその生き物に訊ねた。すると、それはこう答えた、「私は鮫人です。、、、あの海の鮫人間でございます・・・」 『小泉八雲集』「鮫人の恩返し」より>
調査船の映像はこの民話の表現にとても近いものであった。
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人魚伝説は世界中にある。
しかし鮫人伝説は実に希である。
姿のおぞましさが、海底に沈んだ死者への冒涜と感じたからかもしれない。
新しい発見は未来にあるのでない。過去にこそあるのだ。
武蔵の調査映像からその後30年後に判明した真実はこうだ。
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「事実は小説よりも奇なり」
新たに発見された過去の事実にはどんな小説もSFもかなわない。
人間だけが知性を持っていた、進歩していたという考えは大きな間違いであった。
太古、カバの子孫が海へ潜りクジラとなった、シカの子孫が海へ潜りイルカとなった。
同じ時期、現生人類の先祖の亜流が海へ潜り「水棲人間」となっていた。
それが「鮫人」なのである。
彼らは深海で生存し、その一部は深海底の地底内でも生きられるようになった。
深海底の地下はまさにジュール・ベルヌが夢のお告げで書いたかのように、彼の「地底旅行」に近い世界であるようだ。
鮫人がめったに見つからない理由はそこにあったのだが、近年の深海調査船の進歩により、その真実が少しづつ明らかになってきたのである。
どうやら難破し海中に沈んだ人間の一部は鮫人によって救われ、その遺伝子は彼らの役に立ってきたらしい。
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どのような目的で、どのような方法で「混血」が行われたのか、私たちの現代科学ではまだ解き明かせない。
大海で生じる様々な怪異現象、不可思議な遭難、想定外の地震など、どうやら鮫人やその近縁生物が関連しているらしいということも分かってきた。
海洋国日本に伝わる「竜宮」伝説は真実、いやそれに限りなく近い伝承だったのである。
人類は地表から逃れるために機械という面倒なものを作らなくてはいけなかったが、海という生命の源に生きる生命体は空間の制約がもともとないのである。
その異世界の中で、人類が下等と蔑視してきた生命体が独自の進化や進歩を続けているということがわかってきた。
「海」は地表の限界がせまる人類を、まだ受け入れてくれるかもしれない。
人類は、宇宙に飛び出る前に、地球の海底の真実を大いに知る必要があることをようやく知ったのである。
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海だけではない。
今や科学者は、数千年生きる木に「不老不死」の秘密があることに気づき始めた。
寿命を延ばすために人類は「木」に進化すればよいと考える学者さえでてきた。
どのような環境にも適応するウィルスや細菌を、逆に生命組織の極限的進化と考える学者もいる。
「鮫人」の偶然の映像は、人類に「灯台もと暗し」の真実を教えてくれたのである。
人類はこのことによって未来の破滅から救われ、地球を捨てずにすむかもしれない。