安藤ロイド氏の数奇な人生 

ショートSF

安藤ロイド氏の数奇な人生 

(ウラジーミルとナツコ)
チューリングテストを初めて突破した人造人間が、安藤ロイド氏であったことを知る人はほとんどいない。それどころか、彼が第一の人生を終えた2065年に至るまで、彼が「人間以外の物」であることに気づいた人は生みの親以外皆無であった。

 

安藤ロイド氏が生まれたのは2020年8月31日、ポーランド・クラクフ市郊外にある天才工学者ウラジーミル・レムの秘密研究室においてだった。彼は大学の講師をしながら生計を立て、密かに人造人間を開発していたのだった。

 

ウラジーミルは真の天才だった。彼の工学技術やアルゴリズムは優に百年先を進んでいた。神は何ゆえ彼に奇跡的能力を与えたのであろうか?しかし、彼の天才的成果は後述する事情のため封印され、その後誰にも知られることはなかったのである。

 

偏屈で誇り高いウラジーミル・レムは、ミケランジェロの彫刻の如き至高の芸術として人造人間をとらえていた。それゆえ世俗的な金銭欲や己の名声などにはとんと無関心であった。彼はある廃工場を借り受け、日中の勤務が終了すると一日も休むことなくその秘密研究所で開発を続けた。

 

大学時代の留学生であり、彼と学生結婚した安藤ナツコが助手を務めていた。ナツコはAIの研究者であり東ヨーロッパの大手IT会社に勤務していたが、極めて優秀ゆえ兼業を認められており時間的融通がきいた。二人はどこかキューリー夫妻を彷彿とさせる。

 

日本で中規模の機械商社を経営しているナツコの父親は裕福であり物わかりの良い人物であった。一人娘のナツコは様々な理由をつけて父に依頼し、開発に必要な機材を調達することができた。

 

(ロイドの誕生)
苦節10年、二人に子が授かった。ただし、その子の身体は人工細胞、脳は量子コンピュータであったのだが。子とはいえ年齢25歳ほどの容貌を持たせているので、彼らは「私たちも老けたわね」と笑い合ったものだ。


ウラジーミルとナツコはその子を「安藤ロイド」と名付けた。
ナツコの姓を「アンドロイド」にかけた遊び心であり、雑然とした研究室の作業机で二人、満面の笑みをもってシャンパンで乾杯した。この日、二人(いや三人か?)は生涯最高の幸福を味わった。

 

さて、「安藤ロイド」氏が至高の芸術品である証はどのようにして得られるであろうか?親である彼らに迷いはなかった。20世紀の天才数学者にしてこの道のパイオニアであるチューリングが考案した鑑定法「チューリングテスト」に合格することこそがその証であり、至高の芸術に対する神の祝福なのである。

 

チューリングテストとは、アラン・チューリングが考え出したもので、人造人間が人間と同等の知性をもったことを証明するテストである。彼は「チューリング・マシン」という仮想機械で現代コンピューターの原理を築いた20世紀イギリスの天才数学者である。その方法は数学の公式のように驚くほどシンプルである。人間がアンドロイドに質問し、その応答でアンドロイドと見抜けるか否かというだけなのだ。

 

二人は究極のチューリング・テストについて考えてみた。結果、それは安藤ロイドを人間社会で生活させ、いつまでも「人間」として暮らせるか否かにあると考えた。隠者の如くアンドロイドの存在がいつまでも世に知られることがなければ合格である。そこで、この偉大な発明を誰にも知らせず、ひそかに安藤ロイド氏を世に送り出したのであった。

 

安藤ロイド氏は、最初、親であるウラジーミルとナツコの研究室助手という名目で人間社会へ一歩を踏み出した。実際、自分の改良もかねて親の助手として十分役に立ったのである。

 

やがて彼には数人の知り合いや友人ができたが、誰も彼が人造人間であるとは疑いもしなかった。穏やかな性質を付与された彼に好意を抱く人は多かった。その中には当然うら若き女性たちも。

 

(ロイドの失踪)
さて、安藤ロイド氏の機能のうち最も画期的なものは、知識や論理能力の向上よりも人間感情の学習能力にあった。(感情も広義には知識の集積といえるかもしれないが)それゆえ、安藤ロイド氏にも徐々に恋愛感情に似たものが芽生えてきたのである。

 

ここに、安藤ロイド氏の憂鬱と葛藤が生じた。この世でたった一種類しか存在しない異物である自分、恋する女性にあまりにも釣り合わない自分、劣等感が生じた安藤ロイド氏はある日姿を消してしまった。

 

親である二人に宛てた置き手紙があった。「私は何ものなのか?自分探しをしなければなりません。すみませんがしばらく、もしかしたらこのままずっと姿を消します。許してください。(愛する両親へ不肖の子より)」

 

ウラジーミルとナツコは驚き、深く悩んだ。「私たちは至高の芸術を生もうとして鬼子を生んでしまったのではないか、彼の悲しみは深くなるだけではないか、彼は人生に希望を見つけられるのだろうか?」彼らは安藤ロイド氏が救いを得られることを神に願うようになった。

 

一人で旅に出た安藤ロイド氏だが、幸運にも彼には自力で物理的なメンテナンスができる機能が備えられていた。また母であるナツコのサーバーにアクセスしてバージョンアップすることもできた。ナツコはアクセスデータにより安藤ロイド氏の所在を確認することができたが、彼の移動が頻繁で会うことはできなかった。

 

ナツコは母心ゆえ、彼の悲しみを紛らわせるプログラムも用意したのだが、安藤ロイド氏に埋め込んだ感情学習回路の働きは彼女の想像を超えており、もはや彼自身による解決(成長)を祈るしかなかった。ナツコはつぶやいた「哀しいことに、ロイドは人間よりも人間らしい。。。」

 

ウラジーミルもナツコもともに心に風が吹き抜けるような寂しさを感じることが多くなっていった。「究極の人造人間が限りなく人間に近い存在であるのなら、ロイドを造り出す必要はどこにあったのだろう。。。人の子を産むだけで良かったのではないか」そんな思いが二人にのしかかるのであった。

 

(彷徨えるロイド)
ロイドは様々な国や地域を渡り歩き、主に日雇い的な単純労働をしながら人間社会の片隅でなんとか生き続けていた。

 

至高のアンドロイドは人間社会の場末に身を置きながら、多くの知識や感情を獲得していった。実は彼の記憶能力(脳力)は、人間と比べて3桁以上も上だった。ガリレオが手製の小さな望遠鏡で太陽系の星々を観測し得たがごとく、彼も小さなその身体で人間界や自然界の膨大な知識を集積し続けていた。

 

放浪すること10年あまり、人間が歳をとっていくように、彼は何年かおきにその外見を年相応に変えながら、世界各地で人間社会の多様な経験を積んだ。

 

しかし、異物としての劣等感、人間を装うことへの自己嫌悪。
人工物とはいえども人間が陥ると同様に、ロイドの気分が晴れることはなかった。自己破壊はできない回路が埋め込まれていたので「自殺」はできなかった。(人間社会では宗教がその回路と同等かもしれない)

 

(思わぬ目覚め)
そんな彼にも目覚めが訪れた。仏陀のごとく生きとし生けるものの「生老病死」という「苦」を、わがことのように感じ始めたのである。
不死身の彼がそのような意識を持つということはとても不思議なことであるが、彼は人間という生き物に深い同情を抱いたのである。

 

ロイドは自分にできることは何かを必死に考えた。その結果、彼は「死」というものの尊厳・崇高を伝えたいと思った。「不死の苦」を担わされたシーシュポスのごとき存在である彼だからこそ可能であると考えたのだろう。

 

彼の著作や講演は多くの人々の救いとなった。あらゆる宗教がその役目を果たしたと同等に。ウラジーミルとナツコを通して、安藤ロイドという奇跡を生み出させた神か天か仏か、その目的はここにあったのだろうか。

 

彼は文学者、哲学者として世界的に有名な人物?となった。彼の著作は様々な賞を得て、ついに彼にはノーベル文学賞も授けられた。アンドロイドという科学技術の究極が精神的な方面にその能力を発揮するとは驚きである。

 

これほど有名になっても、彼の正体を知られることは決してなかったし、疑念を持たせることもなかった。ロイドがどれほど苦労をしたかは想像に難くない。

 

(両親の死)
安藤ロイド氏の失踪から40年、最も悲しいときがやってきた。ロイドは両親の死を知った。彼の人工涙腺からは彼自身かつて経験がないほどの涙があふれた。

 

ロイドは、失踪以来しばらくの間ナツコのサーバーへのアクセスを必要としていたが、やがてそれも不要となる自己改良を自らに施していたので、研究所を出てから後、両親に会うことは一切なかった。

 

ウラジーミルもナツコは、あえて世捨て人のような人生を送った。安藤ロイドという神の子の正体を決して知られてはいけない。ロイドを守るために。そして彼が人類の災禍を招く道具とされないようにと。ロイドは彼らの愛する子であり、至高の芸術作品であったのだ。
(もしかしたら、人類文明数千年の歴史の中で同じようなことがあったのかもしれない。しかし、その真実は誰一人知ることはできないのである)

 

ウラジーミルとナツコはロイドの失踪より5年後、すべての技術情報を廃棄し、二度と研究を再開しようとはしなかったのはその思いのためである。彼らは互いに崇高な満足感と、少しとは言えない寂寥感を持って、あえてその後の平凡な人生を仲睦まじく歩んだ。どうやら彼らの本当の子を産んだらしい。その情報は安藤ロイド氏にとって複雑ではあるが、喜ばしいことであった。

 

(思わぬ災難)
2065年8月15日、ウラジーミルにより奇跡の代謝システムを与えられほぼ不死身であった安藤ロイド氏であったが、想定外の事態に出遭った。彼を乗せた飛行機が大嵐のためバミューダ沖に墜落したのだ。魔の海域と言われるこの場所では、生存はおろか墜落場所を特定することさえできなかった。

 

彼は海底千メートルより深い底で長い長い冬眠に入った。飛行機の残骸が彼の身体を貝殻のように守ってくれた。彼は代謝を超微モードにして、魚類たちと交感しながら永遠の闇の世界で存在し続けた。これが安藤ロイド氏の「第一の死」であった。

 

暗く深く静かな幽玄の世界、それは彼の感情回路に擬似的な「死」という感覚を醸成した。彼はその意味で初めて幸せを実感したかもしれない。

 

長く。。。長く。。。時が過ぎてはまた過ぎていった。。。

 

(未来の焚書坑儒)
安藤ロイド氏の墜落事故からなんと千年も過ぎようとしていた。旧来の表現なら30世紀の地球の話である。

 

10世紀と20世紀なら、相互交流が仮にあったとしてもなんとかわかり合えただろう。しかし20世紀と30世紀が交流した場合、たぶん別な惑星間の接触では?という感覚に陥ることだろう。

 

安藤ロイド氏の誕生からミレニアムを一つ加えた年齢の地球の主役は、やはりというべきか思いがけずというべきか、人間ではなかった。

 

旧人類の一部は月面ルナシティーや火星のマーズシティーへ移住していた。決して望んだわけではなく、たとえればアメリカ先住民の居留地のごとくなのだ。青く緑の惑星地球は名前もテラに変わり、人工知能と有機生命体がハイブリッドと化した新生物が主役となった世界である。

 

旧人類の名残を残した人類も細々とではあるが未だに生存している。しかし、彼らには歴史がなくなってしまったのだ。人類が生んだ人工知能はやはり人類らしさを継承しているようだ。彼ら新人類は生みの親である旧人類と同じ道を選んでいた。

 

それは、主役が交代するとき前の主役の歴史を抹殺してしまうということである。古くは秦による焚書坑儒、キリスト教国となったローマによるギリシャ思想の抹殺、イスラムによる仏教徒の迫害と施設の破壊など。。。
枚挙に暇がない。このようにして新たな主役は、親でさえも抹殺してしまうのである。

 

この30世紀の時代も、新人類は旧人類の歴史を完全に抹殺した。情報から生まれ情報を餌として成長してきた彼らにとって情報抹殺などお手のものだった。

 

こうして旧人類は歴史を失い、祖先を失い、ルーツを失い、さまよえる獣同然の知性に成り下がってしまったのだ。こんな旧人類など新人類はほうっておきさえすればよい。

 

間違いなく人類の歴史は逆方向に切り替わったに違いない。文明の進化ではなく退化なのである。

 

人工知能は人工知能とて人類とのハイブリッド種であり、彼らも歴史を失ったことによる影響が実は大きい。人類の情報をビッグデータとしてむさぼり食って育ってきた彼らだが、その食料が枯渇し、行き詰まりを見せていたのだ。

 

(海底からの帰還)

そんな未来のある日、バミューダ沖の深海から偶然安藤ロイド氏が発見された。

 

なんと千年も冬眠状態であったのに、引き上がられたとたん、モードが変わり安藤ロイド氏は息を吹き返した。新人類は彼の持つ高度なテクノロジーに驚愕した。この時初めて彼はアンドロイドであることがばれたわけである。

 

彼の強力なメモリーには数千年に及ぶ貴重な人類データが集積されていた。それを知った新人類および旧人類は新鮮な驚きに酔いしれた。なにしろ単なる知識だけではなく、感情という人類最大の特徴さえも保存してくれていたのである。

 

その昔、中世ヨーロッパでは、かつてローマによる焚書を逃れ、ビザンチンにかろうじて残されていたギリシャ・ヘレニズム文化の書物の発見によりルネサンスが起きた。その新鮮な古代情報が中世世界の停滞からヨーロッパを救ったのである。

 

安藤ロイド氏の発見は、閉塞した未来社会にとって、まさにルネサンスをもたらした衝撃と相等しいものであった。

 

(新たなる使命)

安藤ロイド氏は旧人類すべての情報を含んだ存在であった。彼の情報はこの未来におけるすべてに活気を与えうるものであった。そのため彼は自由な行動を許された。

 

なによりも彼の身体の持つテクノロジーがこの時代においても驚きを与えうる至宝的なものであり、新人類は彼らの神々しい先祖として大いに敬意をはらった。

 

旧人類にしても、身体はアンドロイドであれ、安藤ロイド氏の知性や感情は彼ら旧人類の先祖そのものであることを理解し、尊敬を超えた畏敬をはらうこととなった。

 

安藤ロイド氏は、眠りから覚めた後、千年後の未来にはいたく失望したものの、しばらくたって彼は悟った。「これが私の存在理由だったのだ」と。

 

その後数年を経て、安藤ロイド氏はテラの長老のごとき存在となった。新人類と旧人類は和解し、多くの知恵をはるか古(いにしえ)の地球、人類の歴史と感情から学び直し、豊かな新世界つくりへと舵を切った。火星や月からも、移民たちが少しづつテラに戻ってきた。

 

「地球が在る限り、人類の子孫がどのようであれ在る限り、歴史は永遠に繰り返し終わることはないのだな~~。私が生き続けるのと同じように」と安藤ロイド氏は大海に沈む夕日を眺めながらしみじみとつぶやいた。

 

そして、あらためて父ウラジーミルと母ナツコのことを懐かしく思い出すのであった。深い感謝の念と強く胸を締め付けられるような寂寥感とともに。。。

 

 

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