ショートSF「すばらしき地球Ⅱ」

 静かな日曜日、小学生のころ母が買ってくれた本「破れ穴から出発だ」(北畠八穂)を古本で取り寄せ読んでいます。タイトルが今にぴったりなので読みたくなったのです。昭和38年ごろの、今よりはるかに貧しいけれども、親も子もみな生き生きとしていたあの時代を思い出しています。それが今日のショートSFを書くきっかけになりました。

 

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ショートSF「すばらしき地球Ⅱ」

 

 2084年、多元宇宙に存在する地球Ⅱのお話である。

 

 この星では、半世紀も前、ベムウイルスという新種のウイルスが全世界に蔓延し、多数の死者を出した。変異が激しくワクチンも薬も追いつかず、5年間にわたり世界はモグラたたきの状態であった。

 

 ようやくベムウイルスが終息したのは思いがけぬことが原因だった。それは某国がウイルス蔓延の5年前に打ち上げた小惑星探査機スサノオの帰還であった。この探査機は小惑星の岩石とともに邪悪なおみやげまで持ってきてしまった。

 

 それは未知のウイルス、打ち上げ国の言語から「邪」の意味でジャウイルスと名付けられた。ところが、思いがけず毒をもって毒を制することになり、地球Ⅱは救われた。実はウィルスの世界にも苛烈な生存競争があるらしく、一強をめざした戦いの末、ジャウイルスがベムウイルスを駆逐したのだ。人類にとって幸運だったのは、ジャウイルスがベムウイルスよりも人間にとっての危険性が低かったことである。

 

 ジャウイルスに対しても、ワクチンや特効薬はどうしてもできなかったが、紫外線や多種多様な微生物生息環境ではおとなしくなるのであった。つまり昔のように家畜と暮らす自然豊かな田舎や、(言葉は少し憚られるが)発展途上国のようにある意味不潔な環境の中ではじっとして暴れないのであった。

 

 地球Ⅱにおいて、ジャウイルスは救世主となったに等しい。ベムウイルスの終息後、小惑星探査機スサノオは人類から神のように讃えられることになったのである。そして、ジャウイルスは人類に対する宇宙神の救いであると同時に警告でもある、と人々は心の底から思ったのである。新しい宇宙宗教なるものの誕生である。宗教ほど人間の心をかりたてるものはない。

 

 その後の50年間で地球Ⅱは変わった。今まで進歩や進化と思っていたものやことが、実は人類の存続に大きな危険を生じるものだと認識したからである。それは過度な人口集中や自然破壊、倫理なき科学技術研究などであった。命をそこなう確率が高くても、新しいことを積極的に行うことこそが人類の本性と思う人や国は、実は多かったのだが、ベムウイルスの目に見えぬ恐怖は、ついに人類の心をひっくり返した。

 

 進歩や進化という言葉自体もともと怪しいものだが、今までの史観にならって言えば、人類は退歩や退化という反対方向に向きを変えたと言えるかもしれない。しかしそれは、千年以上前の暗黒時代とは違って、喜びに満ちた新時代への後戻りだったのである。

 

 どのようにして幸福な後戻りを行ったのかといえば、某国においては実に単純なある施策が大いに功を奏した。それは「高層建築の禁止」というものだった。

 

 今までの大都市への一極集中は、自然と人間が共生するために必要なリソースを、地方からすべて抜き取っていった。都市に住む者と地方に住む者では、まるで人種が異なるのではないかと思われるほどの差異も生じていた。これがいかにハイリスクなことであるかを多くの人が知り、政策も大いに変わった。地方への首都機能や本社機能の移転、移住の促進、食糧自給率の大幅アップなどが政策の中心となった。

 

 これによって人口は急激に分散化をはじめたのだが、自然共生にもっとも効いた政策が「高層建築の禁止」であった。地上三階建て以上はどのような用途であれ認めないという奇想天外な法律だったが、思わぬ効果を発揮した。

 

 それは、建物がほとんど木造でできるということであり、森林資源の有効活用につながった。また高層ビルがないことは人口集中を抑止する恰好の手段ともなった。大手建設会社よりも地元の工務店や大工が重宝にされ、雇用向上にも貢献した。自然と共存するために山林や河川の補修工事は公共事業として地方を潤すことになった。

 

 大都市の高層ビルは寿命が来るまでそのままであったが、空いている階は太陽光をファイバーで導き、ビル農場に変わった。高層ビル同士をつなぎ農産物を運搬するケーブルも敷設され、地上の道路だけに頼らぬ運送経路が実現している。都市部は思いがけず農業地帯へと変わっていったのだ。

 

 今や田舎に暮らすことはステータスとなっている。世界中とネットワークで結ばれているのでコミュニケーションはグローバルなままだ。貿易や運送は全世界ほぼロボット化していて、国際的な物流はかつてないほど安全かつ効率的になっており不便はない。都市に住むべき理由は希薄になったのだ。

 

 ただし第一次産業だけはロボットには譲れない。なぜならそれが多くの人に働く喜びを与え、生きる目的にもなっているからだ。なにせ、自然とともに生き、身体をすこやかにたくましくしていかなければジャウイルスにしっぺ返しを食うのだから、皆本気だ。歳をとって衰えたらジャウイルスに狙われるのでは、という心配も当初あったが、若い頃に獲得した体内微生物叢は老年になっても生涯免疫のように働くことがわかった。

 

 半世紀前に比べて、みなの顔色はとてもよくなった。真っ白なプラスチック顔はもう流行らず、うすい小麦色に日焼けした女性がよくもてる。母親はふっくらした手のひらで熱々のおむすびを子等に握る。男性も四角くいかつい顔がもてている。良いも悪いもない。自然とそうなったのである。あらゆるものはその時代に合うものが増えていくのである。須磨穂首はもう伝説の中にしかいない。

 

 大学進学率どころか高校進学率さえも毎年落ちている。人々の読書量もネット遊び時間も減ってきた。労働する機会も時間も増えてきたのでしょうがない。それに勉強は一生かかって自分のためにするものと思う人が多いから、誰もやきもきしない。オツムとカラダのバランスがとてもよい感じになっている。

 

 今年90歳になるある老人はこう語った。「私たちの親や祖父母は学問がなくても知恵があった。苦境に負けないたくましさもあった。今の若い人たちはその頃の人たちに似てきたよ。笑顔も多くなったし、社会も落ち着いてきてとてもいい感じだな」

 

 宇宙神が地球Ⅱに与えたご神託とはきっとこうだったにちがいない。

 「知恵とは、身体に宿る真の知性である」

 

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(筆者:あくまでも地球Ⅱの話で、他の地球のことはわからないんですが。。。)