作家の顔そのままの短編集

 作家の顔と作品の印象がぴったり一致する!それはルシア・ベルリン著『掃除婦のための手引書』という本です。そもそもこの本をなぜ求めようとしたかというと、新聞の書評欄に出ていた著者のポートレートにいたく惹かれたからでした。

 

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 新聞の書評欄に載っていた彼女の写真は一目でグッ!ときました。イカス姐御、厳しい先生、ロックスター、美人女優、看護師長、クラブのママ、ハードボイルド作家・・・? 本のタイトルもなにやらミステリアスです。即、本を購入しました。それは昨年のことでした。

 

 読み始めたら彼女の風貌どおりの作品だったんです!しかも、私が勝手に想像した職業も、実際にその多くを経験していました。そんな彼女の幼少時から晩年までの自分、家族、知り合いにまつわる自伝的エピソードを書き綴った短編集だったのです。

 

 さまざまなテンポの筆致、ときにクール、ときにハード、ときにウォーム、痛みあり、癒しあり、ユーモアあり、まるで才能豊かなシンガーアーティストのアルバムのごとく個性的で、しかも知的で、心をわしづかみにされました。

 

 辛口で有名らしい女性評論家が長々と書いた解説の冒頭の一文は、私もまったく同感です。

 

ルシア・ベルリンの小説は帯電している。むきだしの電線のように、触れるとビリッ、バチッとくる。読み手の頭もそれに反応し、魅了され、歓喜し、目覚め、シナプス全部で沸き立つ。これこそまさに読み手の至福だ、、、脳を使い、おのれの心臓の鼓動を感じる、この状態こそが。(リディア・デイヴィス) 

 

 著者ルシア・ベルリンは1936年アラスカで生まれました。鉱山技師だった父親の仕事の関係で、幼少期はアメリカ各地を転々としました。5歳の時に父が第二次世界大戦へ出征すると、母や妹とともにテキサス州エルパソにある母の実家に移り住みました。

 

 終戦後、家族皆でチリのサンチャゴに移住し18歳まで過ごします。その後アメリカの大学に入り、在学中もふくめて三回結婚しました。1971年からカリフォルニアに暮らし、高校教師、掃除婦、電話交換手、ERの看護師などをしながらシングルマザーとして4人の子供を育てました。この頃からアルコール依存症に苦しむようになりましたが、小説も書き始めました。

 

 90年代に入り、アルコール依存症を克服してからは郡刑務所などで創作を教えるようになり、94年にはコロラド大学の客員教授になりました。学生には大変人気があったそうです。最終的に准教授にまでなりましたが、子供の頃に患っていた脊柱側弯症の後遺症からくる肺疾患により酸素ボンベが手放せなくなりました。

 

 2004年息子たちの住むロサンジェルスでガンのため死去しました。68歳の誕生日だったそうです。来年の私の歳で亡くなったのか。。。と、彼女がとても身近に思えてしまいました。

 

 彼女の作品の一部をを切り取ろうと思いましたが、どれも逸品なのでとても迷います。エイヤー!で偶然開いたページから切り取りました。

 

・・・暗い部屋で二人きり、レントゲン技師が来るのを待った。わたしは馬にするみたいに彼をなだめた。「どうどう、ゆっくり・・・ゆっくりよ・・・」彼はわたしの腕の中で静かになり、ぶるっと小さく鼻から息を吐いた。その細い背中をわたしは撫でた。するとみごとな子馬のように、背中は痙攣して光った。すばらしかった。

(「私の騎手」より)

 いつかブログに書きたいな~~と思っていましたが、読み残していた最後の一篇を数日前に読み終わったのをきっかけに、このブログを書き上げました。(あ~~スッキリ!)

 

※原題:A Manual for Cleaning Women