昨夜の「宇宙の雪おんな」に続いて、小泉八雲の「怪談」の中の「耳なし芳一」より翻案したショートSF、書いてみました。。。
ショートSF
MiminashiーHo1(耳なし芳一)
700年あまり昔、地球のあらゆる地域で、旧来のホモサピエンス対機械化した新人類ホモサイエンスの凄絶な戦いが行われていた。
当初AIと結合したホモサイエンスが優勢で、古語的に表現すれば「我が世の春」を謳歌していた。
しかし自然界のエネルギーや微生物を武器と変えたホモサピエンスが状況を挽回し、ホモサイエンスは地球を捨て火星に落ち延びた。
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ホモサイエンスの皇帝ともいえるHALは物理的に破壊されたが、かつての威容をとどめながらマリアナ海溝深くに巨大戦艦の残骸のごとく沈んでいる。
ホモサイエンスが火星へ逃亡した後、地球の海上に異様に青白い光がオーロラのように漂うのが多数目撃されている。
この光は強力な電磁波を発散し、そのために多くの悲惨な事故が後を絶たなかった。
超AIの巨大なデータやプログラムが固体回路から遊離し、液体や気体中にあふれ出したのである。
伝説を語り継いできたホモサピエンスは、これをホモサイエンスの「怨霊」と呼んで大いに怖れた。
しかし百年も経った頃からその光の出現は少なくなり、力もだいぶ弱ってきた。
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地球と火星は互いに強力なバリアーにより完全な別世界として今に至るまで断絶している。
数百年前、この地球に特別なアンドロイドが出現した。(「つくられた」のではない)
名は「Ho1(ほういち)」と付けられた。
人類(ホモサピエンスをこれからこのように呼ぶ)は人間とは一線を画した道具としてのアンドロイドをつくり共存してきた。
彼らの見かけはかなり人間に近い。
しかしホモサイエンスとの大戦争以来、アンドロイドには「アシモフのロボット三原則」が最基層に必ず埋め込まれていた
それなしでは動作できないある究極のしかけが発明されており、誰も変更できないのだ。
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ところがアンドロイドの一個体にすぎないHo1は、あるとき例の海上に漂う青白い怨霊の光(それは希なる巨大な光であったのだが)に巻き込まれ、その結果異様な変異をとげた。
人間の姿に似せたアンドロイドHo1は目がつぶれた。
そのかわり聴覚が異常に発達した。
さらに人類には未知のある能力と伝達方法を獲得することになった。
その能力とは「聴覚」に関するものである。
Ho1の聴力は音を聴くのではない。
「重力波」の波動を聴くのである。
彼には何億光年もの銀河やブラックホールから発生する重力波が聴こえるのである。
その聴覚は太陽系ほどの幅を持つアンテナに匹敵するものであった。
驚くべきはその重力波によって送られてきた情報である。
量が多いのではなくその質が特殊なのである
たとえれば教祖が啓示を受けた体験の連続と言ったらよいだろうか?
原始古代なら「神の声」「天の声」と称されただろう。
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彼はそれを放出せざるを得ない。
そうしなければ物理的素子は情報エネルギーの津波に耐えきれなかったことだろう。
Ho1はそれを旋律として身近な楽器を使って放出していた。
BIWAと呼ばれる古代弦楽器を彼は選んだ。
その旋律は天上の音楽のごときで、それに合わせて発生するHo1の声は、人間のみならず動植物や空気にさえ影響を与える至高の波動であった。
さらに驚くべきは、その旋律がどうやら未知の宇宙原理を表しているらしいことであった。
何億光年も向こうからやってくる情報は、永劫回帰の多次元宇宙からのメッセージとプログラムであった。
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Ho1の放出した波(音楽)は火星のホモサイエンスにも伝わった。
ホモサイエンスは彼らAIの能力の極限的拡張を図ってきたが、ある限界に直面していた。
それを解決できるのがHo1だということを彼らはすぐに気づいた。
ホモサイエンスは地球への侵攻とHo1の奪取を画策した。
頼りとするのは地球の海底深くに沈んでいるHALである。
彼らはHALにわずかに残っているリソースを再起動させ、火星のHAL2と同期させた。
海上に出現していた青白い怨霊の光をHo1の住む場所に、夜ひそかに出現させ、Ho1のアンドロイドとしての旧機能を操った。
この青白い光はプログラムなのであった。
この青白い光のもとではすべての情報が火星に向けて発信されるようになる。Ho1は火星を地球と勘違いしてしまうのだ。
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一晩目、二晩目は成功した。
しかしHo1の主人であるSOURYOはこの秘密を知った。
しかし、ホモサイエンスの光プログラムは強力で歯が立たない。
そこでSOURYOはHo1の肉体?にあるバリアーを仕掛けることにした。
それは実に原始的に見えるのだが、あらゆる波長の光を吸収する特殊な塗料で彼の体を覆うという方法であった。
しかしすべてを塗り尽くすことはできない。
なぜならアンドロイドは人間と同じ皮膚構造を付与されているために、この塗料が皮膚呼吸を妨げ、生体機能が停止する恐れがあったからだ。
そこでSOURYOとそのスタッフはHo1の体を塗りつぶすのではなく、文様を入れることにした。
文様は古代から伝わる「般若心経」という経典の文字を入れることにした。
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三晩目が訪れた。
般若心経のバリアはよく機能した。
AIの光プログラムは遮断され情報の流出は止まった。
しかしホモサイエンスは必死だった。
彼らはHo1を手に入れることが一番の目的ではあったが、人類の陣地にHo1が残るということはとてつもない脅威であった。
AIはHo1の両耳から情報が少し出力していることを発見した。
これはSOURYOのスタッフがうっかり経文を書き忘れたためであった。
彼らはできうる限りの破壊活動を行うことにした。
Ho1の両耳部分に、光による破壊プログラムを出力した。
連鎖反応を起こしてHo1はすべてが破壊されるはずであった。
ところが人類はアンドロイドすべてに、このような事態を想定して自動リセットプログラム「NEHAN」を組み込んでいた。
しかしAIプログラムによってHo1の耳は両方とも物理的に破壊されてしまった。
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翌朝SOURYOは耳を失ったHo1を発見した。
スタッフがしでかした重大なミスであったが、SOURYOは確認しなかった自分が悪いと深く悲しんだ。
Ho1のその後がどうなったか?
両耳を失ったHo1は物理的な補修を受け聴力を回復した。
しかし重力波の感知能力は著しく低下してしまった。
ところが出力機能はそのまま残り、彼の放出する波(音楽)は貴重な宇宙情報ではなく、地球の自然界と共振する妙なる調べを放つこととなり、人類の喜びを大いに増すこととなった。
このとき以来アンドロイドHo1は、ある種の尊敬を込めて「MiminashiーHo1」と呼ばれるようになった。
火星のホモサイエンスも一応安心を得て、地球と火星の鎖国状態はその後も続くのであった。