はじめての胃カメラ

 午前中、はじめて胃カメラを飲み込んできました。オエッ!私にとっては思ったよりしんどい検査でした。でも検査結果は異常なし!お彼岸に丁寧にお墓参りをしたのが効いたのかも・・・・とりあえず良かった!
 健康診断結果報告書に記載された「要精密検査」、みなさんの多くも経験あるかと思いますが、一瞬「この世の終わりか・・」という気持ちが脳味噌をかけめぐりますよね。

 私も過去、心臓だ、肺だ、大腸だと、何度か要精密検査と判定されましたが、何とかクリアー。そして今回は初めて胃袋に赤ランプです。

 ネットで実際の異常は3%くらいと知っていくらか安心。でもやはり、もしかして?もしかして?という気持ちはどこかにこびりついて離れないものです。

 検査までの10日間、おかげでいろんなことを考えさせられました。

 そのうち3つくらいをここでまとめておきたいと思います。まとめないといつでもスタート地点のままでオロオロしっぱなしになりますしね。

 ひとつめは「悩みを抱えながら生きることを当然とすべし」

 悩みを持たないようにしたいけど、体もその他諸々も人生悩みの種は増えていく。だったら悩みと同居しながら今を平静に楽しく生きる気持ちを養おう、ということです。

 ふたつめは「自分の影はどんどん薄くしていくべし」

 我が身に何かあったとき、仕事も生活もその他諸々も困る人やら困ることやらいっぱい出たら、それこそみんなにいい迷惑です。

 人生みんなヒーローやらスターになりたい、なったままでいたい、という気持ちはよくわかります。だけど上手にフェードアウトしていくようにシナリオを書いて進めないと自分が爆弾になってしまいます。

 「目立たぬけれどいぶし銀」みたいなものをめざして、常々、人に任せていくことを増やしていかなければと思います。

 みっつめは「自分で作った悩みの種に振り回されることなかれ」
 
 たとえばたばこを吸い続けること、深酒を続けること、ばくちにのめり込むこと、いわゆる飲む、打つ、買うですか、これらも限度を超えれば健康とか金つまりとか、さまざま悩みの種を産み出します。

 でもこれって、実は一人の人間だけの問題ではなく、社会全体、人類全体の問題でもあります。(スゴイ話になってきたな〜)

 飛躍しますが、原発はまさに飲む、打つ、買うと同じようなものです。だって、危険なことを承知で、後に危険なものをそのまま残すことも承知で、今の時代でただゼニが儲かればいい(効率がよい?)という賭博心で進めているわけですから。

 原発推進論者も精密検査を受けて「健康のために危ないことはもうやめなさい。家族が心配しますよ」と医者に言ってもらえばいいなと思うのですが、これってトンデモナイお話でしょうか?

参考:「健康診断百景」