民話SF「とよだ国の物語」第二章

 2500年の未来、日本国は「とよだ国」と名を変え、ユニークな「先進的農業国家」として栄えておりました。それをなしえたのはトヨタ生産方式、いや「トヨタもの造り哲学」の国家的応用にありました。
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民話SF

「とよだ国の物語」第二章

 人の世は幸いにも絶えずして、その慣習もまた生き残りけり。

 西暦2500年のはるか未来、長老が子どもに話す昔話である。

驚くべきスピード

 さて、2020年代に「just in time」国家として新たな進路を歩み始めた「とよだ国」であったが、その進む速さには目を見張るものがあった。

 わずか10年間で、その頃中後進的工業国家になりさがっていたかつての日本を、「先進的かつ工業的農業国家」として生まれ変わらせたのじゃ。

 さすが、世界の標準となった「トヨタ生産方式」を修行した者たちである。

 彼らは、汗にまみれた「もの造り哲学」の伝道者たちであった。

 ゆえに官僚的ではなかった。ゆえにその責任感、実行力、とりわけスピードが抜きんでていた。

 国民は誰もがびっくりしたものだ。こんな進め方もあったのかと。

生産方式の革命

 しかし政治家だけで世が変わることはない。

 何かをしてくれと、政治におねだりするだけの国民なら、やはりそれに見合った国にしかなり得ない。

 「とよだ国」成長の理由は、その革命的産業政策にもあったが、もっと大きい要因は「国民」一人ひとりのレベルアップを図り得たということにあった。

 それは「多機能工社会」というものであった。

 トヨタという会社は1960年代、実にユニークな考えかたによる生産方式を実践した。

 それまでは、ベルトコンベアで流れる部品を、人が単能工として同じ作業をすばやくしていた。その速度を上げ、無駄を極力なくすことが生産管理のセオリーだった。

 ところがトヨタは、「単一工程単能工」を「複数工程多能工」に変えた。

 しかも、速くつくることは意味がない、とした。

 なんと!「一人で、ゆっくり、一個づつ、良いものを造る」という、「一個造り生産方式」にしたのじゃよ。

 さらに彼らの考え方は飛躍していった。

多能工から多機能工へ

 今度は「多能工」から「多機能工」への転換じゃ。

 多能工は複数加工工程を一人で行う。

 多機能工とは、なんと「加工」にプラスして、「検査」「メンテ」など異なる分野の作業まで一人で行うのだ!

 これを実現するために、ベルトコンベアに変わって考え出されたのが、「U字ライン」と呼ばれる独特の生産方式であった。


 
 一人で多工程をこなすために、動きやすいように「U」の字に機械が並んでいる。人はその中に入って、順番に一個づつ製品を仕上げていくのじゃ。

 これは何を意味すると思う?

 そのとおりだ! 人は最初から最後までもの造りに携わる。それを行うためには「人」のレベルアップがより重要になる。

 つまりこの生産方式は、「良いものを造る」だけでなく、「良いものを造れる『人』を育てるしくみ」でもあったのじゃ。
 
多機能工社会の実現

 製造工場だけで実践されていたこの考え方によるしくみを、社会に即応用したのが「とよだ国」の真骨頂であった。

 彼らは教育を変えた。「専門性より多機能性」

 あらゆる人が、どのような職業についても何とかしごとをこなせるように、彼らは教育で二つに重点をおいた。

 ひとつは「考える力」、ふたつめは「肉体力」

 多機能といえば、いろいろな学科を学ばせることをイメージするだろう。ところが彼らは違う考え方をしていた。

 人の多機能性を実現するのは「知識」でなない。「考える力」であると。

 それは学校教育のあらゆる場面で、生徒らに「なぜなぜ」を5回繰り返すことを徹底しただけで容易に効果を発揮した。

 人は「ロボット」とは違う。人は自ら学習し自らをを変えていく力がある。それが「とよだ国」の信念だった。

 「肉体力」とは何か? 2020年代のこの国は、しごとといえば「パソコン」という原始的な装置とにらめっこすることだ、といってもよい時代だったんじゃ。その結果、人の身体能力、五感は極度にやせ衰えていった。

 「とよだ国」は「先進的農業国家」をめざしていたが、それにはそれに合う人の「感性」と、それをなしうる「身体能力」が必要じゃった。

 国民が、パソコンのような道具に使われ、人としての野性を喪失していくことは「とよだ国」では「問題」であった。

 なぜなら、「にんべんのついた自働化(自動化)」という、人間中心主義がそのころのトヨタ哲学にあったからじゃ。

 そこで、彼らは身体を動かしながら、さまざまな「現場」で、教師だけでなく先輩が後輩を教育していく方法を積極的に進めた。

 つまり、「真の教育とは身体で覚えさせること」という考え方じゃな。

 これが「流動化」を実現し「平準化」を実現した。つまり「ムラのない社会」へとつながったわけじゃ。

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 今日はここまでじゃ。つぎに会うときは「助け合い型生産システム」「ポカヨケ」「あんどん」「5S」などについて話して進ぜよう。

(注)トヨタ生産方式については、1980年代半ば頃の情報を元に記載しておりますことをご了承ください。