ある日の偏屈堂書店

 私は修業が足りないな、とつくづく思います。画家であった中川一政は文章もたくさん書いていました。ある日図書館で『中川一政全文集』のページ数を計算したら約三千ページもありました。ブログ約三千本にあたります。私なんかまだ五百に満たない。。。

 画家のデッサンのごとく、棋士の対局のごとく、イチローのヒットのごとく何千本も出力しなければ、己に悟りなど来ることはないでしょう。

 こんなことで思い悩む日は、偏屈堂書店主になりきって、読書のあれこれを気ままに書いてみることにします。

ある日の偏屈堂書店

 偏った本しか置いてないので、さっぱり客が来ない「偏屈堂書店」。今日もやっぱり店主が一人で本を読んでいる。

 そこに現れたのが、角刈りダボシャツのヤンキー、自称フーテンのけんちゃんだ。

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けんちゃん冷やかす

 「お〜す、オヤジ。眼鏡を頭に上げて、ま〜よく読書ばっかりして飽きないもんだな。いや寝てるのか?もしかしたら」

 「おっと、またおまえか。今日はどこに勤めてるんだ。お前さんの仕事は日替わりだからな〜。少し本でも読んでまともになって腰を落ちつけたらどうだい」

 「読書なんて、どうせ人さまの考えたことを聞いてるだけじゃね〜か。もう春だぜ、人間なら体で感じるんだよ。世界ってやつをさ。本読んでて風の匂いなんてわかるかい?」

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入力と出力

 「ま〜、お前の言うことももっともだ。偏屈親分ショーペンハウエルも『読書は、他人にものを考えてもらうことである』って言ってるしな」

 →読書について

 「ほらそうだろう。俺の言う通りさ」

 「おいおいその後があるんだよ。ショーペンハウエル爺さんはこんなふうに続けているんだよ」

 だが、熟慮を重ねることによってのみ、読まれたものは、真に読者のものとなる。食物は食べることによってではなく、消化によって我々を養うのである。

 「私なら彼の向こうを張ってこう言うな。『読書という入力と、表現という出力の二つが揃って自分頭になる』ってね」


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ニュートンがホームズ?

 「難しい話はいいや。ところでオヤジいまどんな本読んでるんだ。せっかく会ったんだから少し講釈聞かせろやい」

 「いいとも。あれこれつまみ読みばっかしで、いつになったら読み終わるのか俺もわからないような読み方してるんだがな。面白い本を今二つ読んでるぜ」

 「ほ〜、さっそく聞かせてくれ」

 「ひとつは『ニュートンと贋金づくり』だな」

 「ニュートンってあの林檎が木から落ちてきたあのニュートンか?」

 「そうそう。あの天才物理学者ニュートンが、実はとっても人間くさい食えないやつで、大学教授とはいえ金に窮して、なんと英国造幣局の監事になったんだよ。そこで希代の贋金つくりの名人チャロナーと、歴史に残るというか、その後の貨幣制度の歴史を変えるような頭脳対決をやらかしたという実話さ」

 「しかもそれが、まるで名探偵ホームズと天才犯罪者モリアーティ教授との対決そっくりなのさ。なんとワトソン君そっくりな人物もちゃんといる。ハレーすい星で有名なハレーとか政治哲学者のジョン・ロックとかがまさにワトソンの役どころにそっくりなんだ。もしかしたらこれって新発見かも?」

 「ふ〜ん、天才物理学者ニュートンのイメージと全然違うな」

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人間くさいニュートン

 「彼はとっても人間くさい人だったようだよ。南海泡沫事件とやらのネズミ講みたいなもんにだまされて、ものすごい大金を失ったらしいしな」

 「それと彼らがひそかに秘密結社を組織して錬金術にこっていた話とか、ボイルの法則のボイルなんかも錬金術の研究から重要な物理法則を発見したとか、当時ペストで滅亡の危機にあったロンドンが、大火で消毒されて救われた話とか、エピソードがいっぱいでとってもおもしろいぜ!」

 「オヤジ、なんか退屈しのぎっていうか、彼女をビックラさせるネタ探しにはピッタリじゃね〜か、そういった本ってのは、オイ」

 「まさにそうだな。頑張って、教養ありそうな姉ちゃん見つけてアタックするんだな。豚の耳にモーツァルトって格言もあるからな」

 「そんな格言あったかな?ま〜いいや。ほかにどんなの読んでるんだオヤジ」

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「私は魔境に生きた」

 「そうだな、もう一冊は『私は魔境に生きた』だな。これは太平洋戦争末期ニューギニアで地獄を経験した日本人が敵からしばし隠れるために山奥に入り、その後十年間も自給自足の生活を送ったんだが、その様子を書いたノンフィクションだ」

 「水木しげるの漫画は見たぜ。彼もニューギニアで生死の境をさまよったしな。地獄だよな、たぶん」

 「そのとおり。なにせ食い物のために味方同士殺し合いまでしたんだからな〜。こんな本も読んでから戦争について考えてほしいもんだよ。でも自給自足の工夫は読んでて楽しいし感動するよ」

 「お〜っと、デートの時間が近づいてまいりやした。孤独な偏屈書店主さんよ。俺はリアルの本を味わいに行くぜ。あんたは本とデートしな」

 「あ〜そうするよ。なにせ本ってやつは俺たちに『想像力』という乗り物さえあれば、どんな遠いところへでも、どんな時代へでも素敵な旅行に連れて行ってくれるから実に楽しいよ」

 「今日はちょっとだけためになったぜ。又聞かせろや。ふられたら俺も本を恋人にするかもな。じゃ、あばよ!」