インターネット国家アノニマス

 国際的ハッカー集団の「アノニマス」がイスラム国に宣戦布告したという記事を読みました。期待と恐怖があい混じった感覚に襲われ、いつもの「妄想」が始まりました。
 2月13日「日刊ゲンダイ」というネット日刊紙にこんな記事が載りました。

ハッカー集団アノニマスが攻撃開始 イスラム国はどうなる?

 世界一のハッカー集団がイスラム国に“攻撃宣言”だ。

 国際的ハッカー集団の「アノニマス」が11日までにネット上で動画を公開し、イスラム国に関連するSNSのアカウントにサイバー攻撃を仕掛け、機能不全に陥らせたと宣言した。ツイッターのアカウント約800件、フェイスブック12件、電子メールアドレス50件超を攻撃し、多くは閲覧できない状態になっているようだ。

 動画では、「イスラム国と名乗るテロリストたちは、イスラム教徒ではない。おまえたちに危害を加え、身元を公開する。ネット上でおまえたちにとって安全な場所はない」と宣言している。

 アノニマスは数千〜数万人の集団といわれ、人種、国籍もさまざまだ。12年には、日本の財務省や自民党の公式サイトに攻撃を仕掛け、サーバーダウンさせている。これまで、北朝鮮や中国政府、米国政府にも攻撃を仕掛けているが、なぜイスラム国にケンカを売ったのか。

 「彼らは『情報の自由な流通を阻害する相手』を敵視します。自民党も中国政府も米国政府も同じ理由で狙われた。イスラム国も支配地域で少数民族を弾圧し、情報の発信を規制しています。 そこに反感を覚えたのでしょう。SNSを攻撃すれば、イスラム国は世界各国から兵士をリクルートすることも困難になります。作戦計画や要人の潜伏先などが暴露されれば、有志連合に“標的”をさらすようなもの。致命的なダメージを与える可能性もあるのです」(ITジャーナリストの井上トシユキ氏)

 イスラム国は、米軍より厄介な相手を敵にしてしまった。
 →ハッカー集団アノニマスが攻撃開始 イスラム国はどうなる?

 ここからは、あくまでも妄想ですのであしからず。

ノボ村長の妄想物語

インターネット国家アノニマス

 アノニマスが世界に大いに名を売ったのは2015年、世界を震え上がらせていたイスラム国をサイバー攻撃したときだった。

 ネットを使えなくなったイスラム国は、効果的な「脅し」も「リクルート」もできず、「情報」も「金」も「人」も「物」も不足となった。

 ジリ貧様態に陥いったイスラム国はようやくその勢いがそがれることとなり、ほどなくして壊滅した。

 しかし実際は、イスラム国は壊滅したのではなく世界中に(ガン細胞のごとく)飛び散っただけなのだが。

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 代わって国際リングに主役として現れたのが、「アノニマス」であった。

 世界中の多くの人たちは多少の不安を覚えながらも、今そこにあった「イスラム国」という恐怖を取り除いた「アノニマス」を拍手をもって迎えた。

 やがて「アノニマス」はハッカー集団から「世界国家」とでもいうべきものに変身していった。

 かつてのGoogleがインターネットというもので、あっというまに世界を席巻したように。

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 2030年となった今、「アノニマス」は国連にも加盟している。

 ネット国家なので扱いは困難を極めたが、今やその強大な「情報操作」という兵器に対抗できる国は無きに等しかった。

 世界中の多くの若者たちが、その素性を隠してアノニマス国家の一員となっていた。

 それまでの超大国であったアメリカですらアノニマスには逆らえなかった。

 アノニマスは情報秘匿能力もずばぬけていた。

 ペンタゴンやCIAなど、超危険な組織にも「アノニマス国民」はたくさんいたのである。

 なにゆえかといえば、人はいかなる権力に仕えていても、アノニマスの一員でさえあれば、逆にその権力を牛耳る権力を持つことができたからだ。
 歴史上の争いのほとんどは、権力や富の不平等に対する鬱屈から生じてきた。

 かつての「イスラム国」も例外ではない。

 アノニマス国家はインターネットが実現する究極の平等社会の要素をもっていた。

 それはどこの国、どの集団に属しているかに関わらず、誰にとってもとてつもない魅力であった。

 20世紀の終わり頃に芽生え、数十年もの年月をかけて進化してきたインターネットの当然の帰結といえるのかもしれない。

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 ところが「盛者必衰の理(ことわり)なり」のごとく、アノニマス国家にも病変が拡がり始めた。

 壊滅したと思ったイスラム国の末裔たちはアノニマスに所属し、逆にアノニマスを利用して「イスラム国」を甦らせようとした。
 
 さらに驚くことには、「ネオナチ」や「オウム真理教OB」なども、かつての栄光をアノニマスによって復活させようとしていたのである。

 まるで人体におけるガン細胞との「いたちごっこ」に近いものであった。

 戦いは外から内へと別なリングに替わっただけで、憎悪と悲惨の戦争はこの未来でも止むことはなかった。

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 さて話はこの20年後に飛躍する。

 なんとその頃、アノニマス国家は壊滅していた。

 いったいなぜなのか?

 それは人類がインターネットを捨てたからである。いや、捨てざるを得なかったからである。

 原因は太陽黒点の変化による太陽フレアーの爆発的増大と地球オゾン層の急激な減少であった。

 人間の小賢しい知恵を笑うように、とてつもない電磁パルスはあっというまにデジタル情報をすべて破壊してしまった。

 20世紀半ばにコンピューターが発明されて以来蓄積されてきた人類の貴重なデータが一瞬にして失われたのだ。

 建物などは修復できても、人類が蓄積してきたデジタルデータの復活はほとんど不可能だった。

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 しかし、このような事態もある程度想定していたいくつかの国には、ひそかに細々と保ち続けたアナログ技術とその機器があった。

 20世紀の遺物ともいえるような真空管などの機器により、人類は初めの一歩をまた踏み出したのだった。

 新しい一歩を踏み出してみたらなんと気持ちが晴れ晴れすることだろう!

 多くの人たちはそのように感じた。

 人類はとても長い間、「利子」というしかけによる「マネー経済」に踊らされてきた。

 20世紀後半から、その「マネー」が「情報」に替わっていった。

 「情報」はビッグバンのようにあっというまに増殖し、だれもコントロールできない怪物として人類に君臨することになったのだ。

 実は自らがつくった怪物に操られていたことを、人類は今さらにして悟ったのである。

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 だが「アノニマス国家」はよき遺産も人類に遺した。

 それは、人々に多様な価値観を持つことの社会的意義と喜びを教えたことである。

 その時代の高名な歴史哲学者カンタはこんなことを語った。

 「人は国家とか宗教とかたった一つの集団(価値観)にしばられるべきではない。

 人は「生き物」として「人間」として「社会人」として「会社人」として、という各層の価値観を持つべきである。

 判断の優先順位は「生き物」としてが最も高く「会社人」としてが最も低いことは言わずもがなである。
 
 すべての人が異なる層の集団に同時に属することは、個人も世界もバランスを保ちつづけるために不可欠である。

 互いに重なり合う「集合」の多様性は、深刻な対立や悲惨な戦いを避ける大きな要素になるであろう。

 人類が存続し共生し続けるために、人類にとってもっとも重要な課題は「平和」である。

 「平和」とは与えられるものでも到達結果でもない。

 それは「休戦の持続」を可能にする強固なしくみを絶え間なく創り続けていくことである」

 情報壊滅というカタストロフィーと、そのあとの(思いがけぬ)爽快感が人々に自省を促し、この言葉は人々の心によく泌みこんでいった。

 人類はこのあと、デジタルとアナログが適度に融合した「人智新時代」の扉を開けていったようだ。

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