「緑の絹をつらぬき通す」という詩

 たまに詩もどきを書いてみたくなります。ところが詩の題材は、身の周りにではなくて思い出の中にあるようでして。
 芝生に寝っころび、一瞬石川啄木のごとくとなった高校時代のある日。

 ブンケイ、リケイの感性の違いっておもしろいもんですね。


ノボ・アーカイブス

『詩集ノボノボ』より

緑の絹をつらぬき通す

 「金色の光の針は 緑の絹をつらぬき通す」

 で、始まる詩を書いた


 あれは高校二年 国語の時間

 「みんな外に出ろ 詩を作ってこい」

 と、先生が言った


 光まぶしき初夏の あの日

 芝生に寝転び 空を見ながら想を練った


 突然眼に刺さる まぶしい太陽の光

 さえぎろうと 松の枝を見れば

 そこに射し込んでいた 金色の光の針
  
 さっそくそれを詩にしたためた


 教室で発表会

 手を上げて意見する奴がいた

 「これは嘘です

  逆光になるので 緑は黒に見えるはずです」と

 そいつは写真部だった


 私は何も言えなかった

 先生も皆も同じ顔をしていた

 「う〜ん」と先生がつぶやいた


 今でも心にひっかかっている

 緑や黒って いや 人間の感覚って

 そもそも何だろうと

(2012.10.22)

  →ノボ村長の「詩集ノボノボ」