ノボノボ童話集「本屋の秘密」

 「嗅覚」は食物と毒を一瞬で判別する生物のもっとも原初的な能力であり、野生動物には一番大切な感覚のようです。知性と嗅覚をくっつけたら私たちの社会はどう変わるかな〜と夢想してみました。

ノボノボ童話集

本屋の秘密

 もう本が売れない時代となってしまった。

 ネットは脳みその咀嚼能力をとても弱めてしまう。

 その三連鎖がこれである。

 「本を読まない」「読んでも理解しない」「理解してもすぐ忘れる」

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 そんな本屋受難の時代、とても売れている本屋があった。

 本屋の名前は「かおる書店」

 小さな町の小さな書店だが、数十年前のような繁盛が、

 毎日続いているのである。

 不思議なことに、不朽の名作や現代の良書など、

 あまり売れないはずの本がよく売れている。

 さらに、本を買った人はだれでもが

 宝物を抱えるようにして店を出るのだった。

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 この本屋の秘密を明かそう。

 「かおる書店」の店主は並々ならぬ人物だった。

 彼はある独創的な工夫を施した。

 本に「匂い」をつけたのだ。

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 格調高き本には「バラや百合の香り」

 温かい本には「夕げの匂い」

 冒険的な本には「スパイシーな香り」

 自然を扱う本には「ひのきの匂い」

 子供の本には「甘いお菓子の匂い」

 どうでもいい本にも、それなりの臭いがつけられていた。

 かびの臭い、腐敗の臭い、硝煙の臭い、泥の臭い・・・

 内容に合わせて、各本ごとに微調整も施されていた。

 一目瞭然ならぬ一嗅瞭然であった。

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 効果は抜群だった。

 それもそのはずである。

 人間の知性ではなく野生感覚を刺激したからだ。

 嗅覚は生物のもっとも原初的な感覚であるそうだ。

 地球に誕生したもっとも原始的な生物は味覚や嗅覚だけで

 食物と毒を判別したらしい。

 花の香りに多くの生物が惹かれ、群がるように、

 良き本があれよあれよという間に売り切れた。

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 匂いは読書への強力な誘引剤となった。

 ためになる良書が多くの人に読まれるようになり、

 人々の知性は知らず知らずに磨かれていった。

 それは、家庭、学校、職場、行政にも良き変化を促した。

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 「かおる書店」の取り組みは、もう10年目を迎えている。

 この町は今では「薫風タウン」と呼ばれ、とても活気にあふれている。

 類は類をよぶというたとえのごとく、

 良きものを求める人たちが全国から訪れ、いつも不況知らずである。

 小さくても個性的かつ良心的なお店や会社が日々増えている。

 町も国もその盛衰は、きっと住む人のレベルに比例するのだろう、たぶん。

ノボノボ童話集
 →「無敵の鎧」
 →「妖怪ワケモン」 
 →「森の言葉」
 →「究極の薬」
 →「アキレスと亀」
 →「宇宙への井戸」
 →「思いがけない幸せ」