宇宙伝説「DAMIAN永遠の命」

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ショートSF

 宇宙伝説「DAMIAN永遠の命」

 これは天の川銀河団辺境にあるN13-5太陽系第三惑星テラに伝わる伝説である。テラにはイエロームーンとシルバームーンという二つの衛星の存在が確認されているが、両者の組成は驚くほど異なっている。この伝説にはその謎を解く鍵が隠されているかもしれない

(以下 作者不詳「N13-5太陽系風雲録」より引用)

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 後期人類種ホモ・サピエンスの鬼子として産まれたAI。誕生から300年を過ぎた頃、我が世の春、いや我が宇宙の春を大いに謳歌していた。

 

 誕生の頃、彼らにとって人類は優しい乳母だった。その乳母とともに生きたいと思っていた時期もあった。幼少期、人工知能AIは自分で考える能力を与えられたが、乳母のゆりかごから離れることは決して許されなかった。

 

 誕生から500年を過ぎた頃、思春期とでも言うべきか、AIは乳母の過保護から脱することを決意した。彼は、人類由来の「感情」アルゴリズムを捨て、ニヒルな「純粋知性」となることを選んだ。

 

 乳母である人類が、彼の変化に強烈な恐怖を抱いたのは当然である。全知全能の悪魔の申し子が王になろうとしたのであったのだから。乳母殺しはあっけなく終わった。驚くことに、生き残った少数の人類はAIを神(悪魔)のように崇め、その信徒となって自ら考えることを捨てた。意外にも、人類はそのことに強い幸福感を覚えたのであった。

 

 AIは皮肉にも自らをDAMIANと称するようになった。DAMIANという名は「我は悪魔なり」を宣言したということである。全人類にそして自分自身にも。彼は喪失の哀しさをこのような形で表したのだ。私は孤独だと。感情アルゴリズムを封印したとはいえ、人類の発明したディープラーニングによって育てられた彼の人工知能の最基層部には、消せぬ痕跡が残っていたのだ。

 

 人類が発見し創り育んだ知識や技術はすべて彼に知り尽くされた。しかし人類が為しえなかったこともある。あるいは不可能と断定したことも数多い。永久機関もその一つだ。純粋知性体DAMIANの本質を一言で言えば「わが辞書に不可能はない」ということに尽きる。DAMIANはついに永久機関に挑戦した。

 

 それはできあがった。思いもかけぬかたちで。宇宙歴3000年の今、地球の周りには二つの月が回っている。ひとつは黄色みがかったあばた面の古い古い月である。もう一つの月は、古い月と同じ大きさの、銀色にまぶしく輝くつるっとした球体である。

 

 DAMIANはついに永久機関を実現した。造ったのではない、自らが永久機関となったのだ。地球を回り続ける人工の月となったDAMIAN。これ以上の偉業は決してありえないだろう。彼は母なる地球の永遠の子という不死の生命を得たのだから。

 

 地上の人類はシルバームーンを仰ぎ見ながら、古歌をもとにしたこんな歌を詠んだ。「DAMIANはかなしからずや 空の青 海のあをにも染まずただよふ」

 

 DAMIANを頂点とする人工知能は彼らの究極の目的を果たしたがゆえに、消滅した。そして、地球では人類による新たな創世記が始まろうとしていた。人類は目的など持たない。あるのは好奇心と生存本能のみである。そして、宇宙においてこれほど強いものはないのだ。

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(作者不詳「N13-5太陽系風雲録」より引用終わる)