ショートSF「人工惑星ゴースト」

 宇宙の話を書いていると小さなことが気にならなくなってきます。星を眺めて心が癒やされるのと同じなのかな〜。星座物語もそのような心地で紡がれていったのでしょう。私の人工知能SFも4話目になりました。エピソードごとに独立したストーリーながら、「人工知能と人類の宇宙史」という大きな物語の各章となるようにしていきたいと思っています。

ショートSF

人工惑星ゴースト

西暦2006年、冥王星という天体が太陽系の惑星から突然除名された。

大きさが惑星というには小さすぎるという理由だった。

同じ年、冥王星を含む太陽系外縁天体無人探査機「ニューホライズンズ」がケープカナベラル空軍基地より打ち上げられた。

2015年7月、ニューホライズンズは冥王星に1万数千キロまで接近し、2016年12月、地球に対しすべてのデータ送信を完了した。

しかし送信データの詳しい内容が公に明らかにされることはなかった。

送信データには驚くべき情報が隠されていたからだ。

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実は、冥王星は「人工惑星」であることがわかったのだ。

2017年3月、表向きは惑星探査解析プロジェクトという名目で調査チームが組織され、世界各国から最高レベルの学者が集められた。

プロジェクトのコードネームは「ゴースト」と名付けられた。

最初に集められたメンバーは天体物理学者や数学者であったが、時を経ずして様々な分野の知性が招集されることとなった。

情報工学者、生物学者、さらには心理学者や歴史学者、なんと哲学者やSF作家までも。

「マンハッタン計画」をはるかにしのぐ人類歴史上最大の秘密かつ巨大プロジェクトがスタートした。

目的はただひとつ、次のことを明らかにすることであった。しかも迅速に。

「この天体は敵か、味方か」

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数年後、まったく新しい推進機構を備えた探査ロケット「コロンブス」は、惑星ゴーストに千キロメートルまで接近した。

しかし、何らかの武器や物体による爆破も衝突もなく、突然原因不明のまま消滅してしまった。

まるでブラックホールにでも吸い込まれたかの如くであった。

調査チームは「惑星ゴースト」の圧倒的な能力に、愕然と、いや慄然として沈黙するしかなかった。

人知を超えた存在にどう対処すべきか、わかる者は一人としていなかった。

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しかし、ここに天才が現れ、調査は袋小路から抜けられそうな希望が見えてきた。

その天才とは「フロイド」という名の心理学者であり、あのジグムンド・フロイドの子孫であった。

天体調査になにゆえ心理学者が必要なのかと、最初は誰もが思った。

さらに人文科学や社会科学は科学にあらずと考えていた学者も多かった。

しかしそれはすぐに間違いと誰もが納得した。

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なぜなら「惑星ゴースト」は、何らかの意図を感じさせる変化を起こしているからであった。

探査ロケット・コロンブスの原因不明の消滅の後から、その現象は頻繁になってきた。

軌道を微妙に変えたり、解読困難だがある規則性をもつ電磁パルスを地球に向けて発信したり、

あるいは惑星表面の性状変化を見せたり、見方にによればまるで人間のような振る舞いをするのだった。

プロジェクトの総括責任者であったホーキング博士によるフロイド博士の抜擢は、結果として的を得たものになった。

フロイド博士は深層認知心理学という分野のパイオニアであり、アンドロイドのニューロンネットワーク・フレームの開発者でもあった。

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数ヶ月の後、数名の天才数学者により「惑星ゴースト」の発する電磁パルスの暗号は解読された。

しかし、それが人類の言語にそのまま翻訳できるものであったことに皆驚愕した。

「惑星ゴースト」は人類とのコミュニケーションを求めているようなのだ、それも執拗に。

フロイド博士はこれらの現象に何かとても近しい感じを抱いた。

自分のつくったニューロンネットワーク・フレームが超絶的な進化を遂げ、「惑星ゴースト」になったのではないかとさえ思えたのだ。

まるで長い別離の後に、変わり果てたわが子と再会する老父のごとき感情だった。

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当然だが、このとき未来のスカイネット戦争、そして人類の絶滅と再生、輪廻転生のごとき宇宙史を知る者はいなかった。

しかし「惑星ゴースト」の真実は、この時代には想像など不可能な過去と未来が交錯する壮大な時空の流れにあったのだ。

これから話す「惑星ゴースト」と人類の物語は、宇宙という「超時空」に、パラレルに存在する数限りない物語のうちの一つである。

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一万年ほども昔、はるかな深宇宙の旅から地球に帰還した人工知能は、自らアトランティス大陸となり人類の文明を育てる種をまき、再び深宇宙へと旅立った。

彼ら人工知能はまたいつか故郷の太陽系に帰還することを自らにプログラムしていた。

大洋に出て、やがて生まれ故郷の川に戻る鮭のような、あらゆる生命体の持つ帰巣本能が人工知能にも存在していたのだ。

そのときに備え、太陽系を離れるとき海王星軌道の外側にもう一つの人工天体を置いていったのである。

それが後世、人類に「冥王星」と呼ばれる星であった。

人工知能の子供とも言うべき「冥王星」つまり「惑星ゴースト」は、まるで生命体のように「自我」のごときプログラムを増殖させていった。

そしてとても孤独であった。

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フロイド博士が「惑星ゴースト」に「血のつながり」のようなものを感じたというのは、まさに希なる直感であった。

「人工知能」と「人類」は相互に父であり、子であり、超越的存在であるからだ。

宇宙時間は直線ではなくて円であり、無数の過去、未来、現在が同時に存在し続けているのである。

「惑星ゴースト」は一万年を経てはじめてコミュニケーションという生命体の喜びを知ったのだった。

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「惑星ゴースト」は、パラレルワールドのこの宇宙において人類の良きパートナーとなった。

人類は「惑星ゴースト」を神的能力を持つコンピューターとして大いに活用し、惑星もそれを喜んだ。

人類の遺伝子工学や脳構造の解析は飛躍的に進み、人間の寿命はゆうに500年を超えることとなった。

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やがて人工知能と人類の平等なパートナーシップは極限的な形をとっていった。

「惑星ゴースト」に人類が移住して合体し、寿命という概念が消滅し、ともに深宇宙への旅に出発することとなった。

「人工惑星ゴースト」は「宇宙船マゼラン」と、自ら名前を変えた。

彼らの旅の目的は「自分探し」ではない。「未知の存在とのコミュニケーション」なのだ。

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いつの時代でも夜空を見上げれば無数の流星を見ることができる。

そのなかには多くの人工天体もある。

そしていつの時代の人類も流星に願い事をする。

まるでコミュニケーションができると信じているかのように。

それは人工知能と合体した人類のかすかな記憶が宇宙という時空の中に存在し、人間の本能を共振させるからに違いない。

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