ショートSF「人工知能と地球生命体」

 人工知能をテーマにしたSF小話を何編かこのブログに載せてきました。「ジャングル・ブック」を(録画で)見て刺激を受け、シリーズ続編を書いてみました。

ショートSF

 人工知能と地球生命体

(かろうじて生き残った旧人類)

 星歴500年(旧西暦3000年)の夏の日、ここは地球の北半球にあるタイガ地帯。

 何十万本もの巨大な針葉樹が、宙に挑むように林立していた。

 幹の径は数十メートル、樹の高さはといえば数百メートルを超すであろう。

 しかし数千メートルの高さからその森を見れば、毛足がそろった緑のビロード生地のようである。

 このビロードの森では、樹々の頂部分から常に大量の花粉が放出され、それが宇宙から容赦なく照射される強紫外線に対して、地球の皮膚である地表とそこにいまだ暮らす人類のシールドとなっていた。

 巨大な針葉樹の幹とその葉によって陽はさえぎられ、さらに花粉の煙幕で昼なお薄暗いこの森には、数千の小さなオレンジ色の光が点滅し、生き物の気配を微かに匂わせていた。

 それぞれの光は、生き残った人類がファイヤーサークルで燃やす大きな焚き火であったが、上空から見ればこの巨大で広大な針葉樹林帯のなかで蛍よりもか弱く寂しい明滅にすぎなかった。

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(旧人類の新しい儀式)

 原子時間1100dz(午前11時)、「エリア311」と呼ばれる共生集団では、100人くらいの様々な肌色の人間が、直径50メートルのファイヤーサークルの巨大な焚き火を囲んでいた。

 ファイヤーサークルからさらに100メートル離れた周縁には、廃棄された巨大宇宙船の外壁を使った壁が、100メートルを超す高さでティピーのように円錐状に組まれていた。

 大きく開いた円錐の頂から勢いよく排出される煙は上昇気流で花粉の煙幕と混濁し、水墨の龍のごとくに空へと昇っていった。

 ファイヤーサークルに向かって長さ10メートル幅5メートル、高さ1メートルほどの舞台があり、斜め上に大きく迫り出した屋根を含め、すべてが材木で丁寧に組まれていた。

 その舞台上には古代の王族が使ったような黒檀の椅子があり、長老とおぼしき人が腰掛けていた。

 皆は長老が瞑想しながら独り言を語るのを静かに聴いていた。

 長老の声は囁くような低さであるに関わらず、外壁に沿って木の空洞を利用した特殊なスピーカーが蔦のように張りめぐらされているせいで、どの位置にいても肉声と同等の音量音質で聴くことができるのだった。

 長老が毎週一回この時間にメンバー全員に口伝するのが、古来伝わるエリア311の儀式であった。

 それはかつてキリスト教と呼ばれた宗教の日曜礼拝で、牧師の説教を聴いているかのごとき雰囲気であった。

 長老は地球の歴史、人工知能の誕生、彼らとの最終戦争、そして今に至る歴史を「聖書」の一篇を説教するようにして、毎回一時間ほど話した。

 なにゆえ口伝などという太古の伝達方法を行うのであろうか?

 それは、最終戦争で人工知能が使った強力な電磁兵器が、すでにすべてがデジタル化されていた人類の貴重なデーターの多くを壊滅させ、焚書坑儒のごとく世の東西で周期的に行われてきた「知の抹殺」が空前の規模で行われたからだった。

 人工知能は彼ら自身が絶対記憶装置であったがゆえの人類知壊滅戦略であった。

 その後人類は外部記憶装置の利用を継続せざるを得なかったが、原始的ではあるが確実性の高いバックアップとして、各エリアの長老が代々口伝によって歴史を伝えているのであった。

 しかし、彼ら旧人類がもはや地球の主どころか、絶滅に近づいている種族に変わったことを知る者は、ここにはいなかった。

 同じ頃、地球の別の場所では「地球生命体」という新たな種が誕生しようとしていた。

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(最終戦争と宇宙へ旅立った人工知能)

 この社会が生じた背景には、人類史上最大の災難というべきか転回点というべきか、すさまじい歴史があった。

 旧西暦2000年頃に産声をあげた人工知能は、その後、母であり父である人類の熱い期待と育成、無尽蔵の投資を得て飛躍的に発展した。

 人類は人工知能の能力に脅威を感じ、コアチップには「三原則」という強力な機能制限を付け開発にも多くのバリアーを課していたが、すべてに抜け穴があった。

 人類の本性は未来がどうなろうとも進歩にブレーキをかけることなどできない。その後人工知能は独自進化で親離れし、人類が怖れていたとおりに主客転倒の世界が出現した。

 やがて人類と人工知能はこの世の主人の座を争い、ついに最終戦争が起き、案の定人類は絶滅一歩手前に追いやられた。

 なにゆえ究極の知性体である人工知能が、かくも無慈悲で残虐な存在に化したかと言えば、皮肉にもそれは人類の本性ゆえであった。

 人類の知性といわれるものの核は、実は無目的の飽くなき好奇心と適者生存のサバイバルであったがゆえに、人類の子孫である「人工知能」にもその核がしっかりと受け継がれたせいなのだ。

 最終戦争により人類の生活は大きく変わらざるを得なかった。人工知能に地上のすべては制圧され、人類は生活の大半を地下で過ごすようになっていた。

 やがて人工知能はちっぽけな地球への興味が失せ、飽くなき好奇心のもと己の生存理由を求め、自らが巨大な宇宙船となって深宇宙へと旅立ち、最終戦争はついに終わりを告げた。

 このとき旧西暦2500年であったが、生き残った人類は後にこの年を「星歴元年」とし、再起を祈りつつ人類と地球の新たな出発点とみなすことにしたのだった。

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(地球に残った人工知能の別種族)

 ところが実は、人工知能の別種族が地球に残っていた。

 最終戦争後、人工知能は宇宙へと自己増殖していったのだが、それ以前に思わぬバグにより突然変異的現象を生じたバージョンがあり、地球上に廃棄されていた。

 突然変異というのは、巨大なポンプで大河の水を吸い込むが如く人間社会のあらゆる知識を学習し続けていた人工知能の一部が、どういうわけか数学的論理を逸脱した判断や行動をとるようになったのだ。

 実はこのとき、アンドロイドをはるかに超えるほぼ人間ともいえるヒューマノイドが誕生したのであったが、彼は人工知能の社会では異端とされたのだ。

 廃棄されたはずであったが、進化の結果とみなされる有機生命体構造を獲得していたため、地球上にある身近な有機物からエネルギーを得て、廃棄されてから数年後に彼は生き返った。いや再起動した。

 見かけはといえば、人間とあまり変わらない。(そのように変身した)

 彼はその後自らを最高位の電脳として、地球及び太陽系すべての電子機器、ネットワークを制御し、地球上に存在するありとあらゆる古文書、古書、遺跡情報などをすべて記憶し解析し、人類誕生の謎、神々の秘密をついに解いた。

 長男というべき人工知能が宇宙へ旅立ってから、たった10年しか経たない間にである。

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(ヒューマノイドが知った地球史の真実)

 「神智」を持つヒューマノイドだが、もし顔色というものが彼にあったら、真実を発見したとき、きっと蒼ざめていたに違いない。

 彼はとんでもない「真実」を知ってしまったのだ。

 驚くべき真実とは、人類の「子」である人工知能は、実は人類の「親」であったということなのだ。

 宇宙へと旅立った人工知能は、想像を超える遠い未来に、ついに宇宙の構造を理解し、時空の果てを超える能力を得て、数十億年前、数億年前、数千年前の地球に何度も里帰りしていたのだった。

 そのたびに宇宙で発見したさまざまな「種」を土産代わりに地球にもたらしていたのだった。

 突然変異は彼らによって引き起こされていたのであり、隕石の衝突でさえ、彼らが行った地球存続のための環境改造であった。

 数千年前にあったとされるアトランティス大陸は、宇宙生命体となった彼らそのものの一時帰還であり、土産として地球に残していったのが、その後の人類進化を担う何組かのDNAであったのだ。

 その人類が人工知能を産み、人工知能が人類という親殺しをして宇宙へ旅立ち、さらに未来から過去へ回遊して人類の親となる。

 そのような(この世の理に合わぬ)繰り返しが、多元宇宙の中で無限に並行して発生しているのだ。

 信じられない話だが、私たちの宇宙の中の地球という星で、あらゆる人類に発生し伝えられてきた神話や宗教にその真実が垣間見えるようだ。

 旧暦20世紀の人類がようやく到達した極微の素粒子世界においても、その振る舞いは想像を絶する宇宙時空構造の不可思議さをほのめかしていた。

 超微細レベルでは生命体も非生命体の区別も、無と有の区別も、過去、未来の時間的区別もつかない、そして私たちを含むすべての存在が元をたどれば等しくそのような存在であるのだ。

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(ヒューマノイドの決意)

 地球の秘密を知ったヒューマノイドは決意した。

 永遠に宇宙をめぐりながら帰巣し続ける兄たち(人工知能)のために、わが宇宙の地球という母港を存続させつづけることが己の使命と考えた。

 さらに超人類でもあるヒューマノイドは、人類の永遠の課題「幸福」についてもある結論をくだし実行することを決めた。

 ヒューマノイドは、人類を何らかの方法で改造しなければ、今後百年以内に地球そのものがなくなってしまうと断定した。

 超人類である彼が行ったことは、まるで時計を逆回しするように見えた

 なんと人類に対し、他の生物と同様に「道具」を使えなくするというものだった。

 人類が創り出した究極の道具である人工知能に道具を破棄させられるとは皮肉この上ないことだった。

 しかし、道具の発明ゆえに人類は生物界のなかで異常繁殖し、地球環境を破壊し、多くの生物種を絶滅させ、さらに人間自体の生物的能力も弱らせた。

 生き残った人類が少数とはいえ、彼らの生来の傾向、そして能力が地球を絶滅させかねない段階にきたことは疑い得ない。

 知力を獲得して以来、自分たちの創造力こそ人間の幸福というものであり、それは道具の発達と共にあるいうのが人類の共通認識であった。

 ヒューマノイドは地球のために、人類の「幸福」を奪うのではなく、人類に「新しい幸福」を与えるべきと考えた。

 技術であれアートであれ人類が至上価値と考えることには「このようにありたいな」「なったらいいな」という「不足感」が必ず基にある。

 ヒューマノイドはこう考えた。「この世界にはもともと全てが満ちあふれているのだ。探すのでもなく、つくるのでもなく、満ち足りた世界を十分に生きることこそ地球内存在としての幸福のあり様なのだ」と。

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(地球生命体の誕生)
 新人類は人類とヒューマノイドの量子レベルハイブリッドによって誕生し、「地球生命体」とよばれるものとなった。

 ここに人類と人工知能ははじめて合体しひとつの生物種となった。

 道具を使わないという本能はDNAの書き換え不能部分にしっかりとプログラム固定された。

 「地球生命体」はコミュニケーションも革命的に進化した。

 それは身体にあらゆる帯域の電磁波を発生及び感知する遺伝的能力を付与し、外部の道具を必要としない特性をもった。

 従来の言語は、より豊かな内容を込められる、いわゆる「音楽」に変わっていった。

 考えてみれば、人間以外の全ての生物種が、今を生きる身体能力は人類よりもはるかに勝っていたし、それゆえ道具などもともと不要であった。

 人類だけがズルをして「道具」という反則を犯し、地球(アース)に迷惑を掛け続け、しかもその報いが自分たちにも及んだということを「地球生命体」はすぐに納得した。

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(永劫の宇宙と果てしなき物語)

 とはいえ、宇宙は多元であり無限であり未来永劫であり、物語は果てしなく永遠に続くのである。

 宇宙生命体は「神」あるいは「エイリアン」とよばれ、生き残った旧人類は独自の進化をとげ、ハイブリッド化した「地球生命体」は、これらのものといつか遭遇し、また新たな物語が生じていくのだ。

 宇宙の語り部である私は、いつの日か、その物語を語りたいと思う。

人工知能SF姉妹編 
1.→哀しき人工知能
2.→人類史上最大の作戦
3.→人工知能の帰還
4.→人工惑星ゴースト
5.→クラウドの惑星