奇跡のむらの物語

 1000人の子どもが限界集落を救う!その村とは長野県泰阜村(やすおかむら)、人口1900人、今でも国道なし、コンビニなし、信号機なし。
 『奇跡のむらの物語』という本を読みました。昨年11月に出版された本です。

奇跡のむらの物語―1000人の子どもが限界集落を救う!

奇跡のむらの物語―1000人の子どもが限界集落を救う!

 この本は、「十九世紀の村」と揶揄された限界集落の山村において、ヨソモノのNPOが果たしてきた「教育」をど真ん中においた地域再生の物語です。

 それは25年前に始まりました。

 主に小学生を対象にした一年間の「山村留学制度」がきっかけでした。

 やがて、それが発展し「暮らしの学校だいだらぼっち」「子ども山賊キャンプ」「あんじゃね自然学校」が次々と生まれていきました。

 今や、この村の住民は「おら、こんな村いやだ」から「この村で自立したい」に変わりました。

 この本は、私たち世代が忘れてしまっていたり、無理だろうとあきらめていることをハッと気づかせてくれます。いくつか紹介します。

多数決なんてもう古い


(写真は子どもたちが建てた学校)

 「違いを豊かさへ」。多様性の共存は、グリーンウッドの基本理念だ。

 「みんな違って、みんないい」とよく言われるが、「違いを認め合う」 ことを具体的に学ぷ実践は、なかなか難しい。

 「だいだらぽっち」 では、物事を多数決で決めない。一人でも反対者がいれば、その意見に耳を傾ける。仲間と暮らすうえで困ったことは、何時間でも何日でも、ときには1年かけてでも、自分たちが納得のいくまで話し合って決める。

 かつて10対1の意見対立があった。いくら多数決がないとはいえ、1の意見に10の意見がひっくりかえることはまずないだろうと思っていた。それが見事にひっくり返ったことがある。多数決ならあっという間に除外された1の意見。しかし、1の意見を大事にしようとした子どもが10人いたのだ。

 多数決はもう古い。こうした自分(と自分の意見)が大切にされている経験を重ねること、そして相手(と相手の意見)を大事にするという経験を、丁寧に積み重ねること、それが「みんな違ってみんないい」の具体的な場面なのだ。

サンマではなくヨンマ

 今の子どもには「サンマ」が足りない。

 一つ目は「時間」。塾や習いごとが忙しいのか、遊ぷ時間さえない。とかく最近の子どもは忙しい。ビジネスマン顔負けの八−ドスケジュールだ。

 二つ目は「空間」。遊ぷ場所がなくなってきた。街の公園では、危ないという理由でキャッチボールが禁止されている所もある。いまやゲームにもインターネットが入り込み、子どもの遊ぷ場はバーチャルな場に移ってしまった。

 三つ目は「仲間」。バーチャルな仲間はたくさんいても、本当の仲間は少ない。

 私はこの「サンマ(間)」にもう一つ加えて「ヨンマ」にしたいと思っている。それは「手間」だ。便利な世の中は、決定的に子どもから「手間」を奪った。子どもだけではなく大人からもだ。「手間」を重視しない効率的な世の中は、行き過ぎると人間性を失う。

 子どもには「ヨンマ」を残そう。「だいだらぽっち」は、この「ヨンマ」が当たり前のように存在するところだ。

何もないからいいのだ

 「山村は都市ではないから山村なのだ。都市に追いつけ追い越せはもう古い」

 松島村長の言葉どおり、私たちは山村の暮らしの文化を守らなければならない。それを守ってこそ山村なのだ。だからこそ山村の教育力も発揮される。

 泰阜村(やすおかむら)は、辛か不幸か、山岳地帯ゆえ大規模開発とは縁がないが、結果的に急激なモータリゼーションや都市化から暮らしの文化が守られてきた。

 そして、暮らしの文化が守られてきた結果、山村教育が生業になりつつあり、教育活動を通して里山環境が変わり始めている。さらには、村を出ていった若者が戻り始め、若い女子大生までもが大挙して村に押しかけるようになった。泰阜村の不便さを厭わない人びとが、村に集まり、地域再生の活動を行なっている。なんとも夢のような話ではないか。

「何もないことが、何だってあるってことだ」 

 「地域再生」とか「村おこし」というと、必ず農産物とか工芸品とか「産業」に関わるものばかりを連想してしまいます。

 この本は別なことを教えてくれます。

 「教育」とか「子ども」とか「交流」とか、そのような「産業」とはまったく縁のない、どこにでもある人間の「日々の営み」にこそ、「地域再生」の、しかも「幸せ」の形容詞が付いた、宝が隠されているんだと。

参考
 米を高く買う町
 森で育つ子どもたち
 感動!ロラン島の風力発電
 森と風の学校 続編
 森と風の学校
 森と風のがっこう
 里山生活学校