思い出のガキ大将

 彼は『イージー・ライダー』のピーター・フォンダに似ていました。一番カッコよくて一番危険なガキ大将だった人は、どういうわけか私と同じ名前でした。

 子供の社会は猿の社会とよく似ています。

 猿のオスにはちゃんと序列があるように、ガキ大将にも大将、中将、少将のような序列がありました。

 序列は年齢が一番ですが、度胸、遊びの企画力も大いに影響します。

 ときには下克上もあったり・・・。

 やはりヒトは猿の末裔にちがいありません。

ノボ・アーカイブス

]ガキ大将の失敗


 私が遊んでもらったガキ大将は三人いる。そのうちもっとも危険な遊びをしたガキ大将は四歳年上の「ノブオちゃん」という。私と同じ名前で紛らわしいが、「オ」の漢字が一字違うだけなのに片や大将、片や二等兵であった。大きくなってからノブオちゃんは家業の自転車屋を継いだ。そして三回結婚して三回離婚した。個性が強すぎるのだろうか?でも大したものだ。時折車から見かけるが今でもカッコいい。彼は「イージー・ライダー」ならぬ「モトクロス・ライダー」である。今でもその道のカリスマらしい。


 彼の遊びは実にブットンデいた!サバイバルのようにスリリングな遊びもずいぶんあった。たとえば、戦争ごっこで使うパチンコの玉はボールベアリングだった。木の上に作った家の周囲には、タイヤのスポークを刺して地雷原にしていた。家が自転車屋だから武器弾薬の調達には困らない。


 工作もとてもじょうずで、リヤカーの上に段ボールで本物のように作った「戦車」もあった。それに惜しげもなく火をつけて燃やしながら敵陣に乗り込む。彼はケチくさい遊びが大嫌いだったのだ。長さ十メートルくらいの地下道を掘らされたこともある。生意気な子分がその穴に入れられ煙でいぶされたこともあった。大きなけがをした奴もずいぶんいたが、不思議に大事にはならなかった。みんな楽しんでいたから、子供が親には秘密にしたり、嘘をついて牽制したのだ。


 さて、そんなスーパースターにも笑ってしまう(ホホエマシイ?)失敗があった。私が二年生か三年生の頃だったと思う。ノブオちゃんから私をはじめ手下たちは、ある絶対秘密の作戦を明かされた。それはなんと・・・!「ドロボウ」をする、ということだった。驚くことに、ドロボウを行う場所である酒問屋の息子もこの作戦に加わっていたのだ。この計画を聞いてから私はもう有頂天で、実行する日まで秘密の計画を誰かに話したくて話したくて、とてもたまらなかった。


 さて、エックス・デーがついにやってきた。私と酒問屋の息子の役目は、他数名と酒蔵の近くで缶蹴りをして遊び、荷役の人たちの目をそらすことだった。(そういえば女の子も二、三名いたような気がする)そのすきにノブオちゃんはじめ二番目の序列のガキ大将ヒロちゃん他決死隊数名が蔵に忍び込み、ジュースなどをかっぱらうという作戦だった。


 作戦は成功した!戦利品の大きなジュース瓶を数本抱えて、自転車屋の暗い物置にみんな集合した。ノブオちゃんは宣言した。「俺がまずジュースを飲むぞ」誰も逆らうわけはなかった。大きな取っ手つきのガラス瓶を、ノブオちゃんは男らしくラッパ飲みした!そして・・・飲んだ後、彼は絶叫した!「このジュース、腐ってる!」そして吐き出した。みんなびっくりした。この酒問屋はそんな古い品物もしまっているのかと。


 私はジュースのラベルを見た。そこにはこう書いてあった。『トリス・コンク・ジュース』そう、それは十倍に希釈して飲む濃縮ジュースの原液だったのだ・・・ノブオちゃんは、イージー・ライダーのように最後はライフルで撃ち殺されてしまったようなものだった。


 この話には後日談がある。てん末を知った酒問屋のおばあさんは真剣に怒った。今まではたいていのいたずらを許してくれていたが、この時ばかりは違っていた。親に連絡され、一人一人別々に、しかも必ず一人で謝りに来るようにと指示された。私もはじめて地面に手をついて謝った。いつも着物を着てふくよかなお金持ちのおばあさんだが、このときはほんとうに怖かった。


 でも、やはり子供だ。次の日にはまたその酒問屋の広い敷地で、みんなで遊び始めた。このあと、中学生活が忙しくなってきたのか、ガキ大将はノブオちゃんからヒロちゃんへと替わった。ヒロちゃんの遊びはあんまり危険ではなかった。彼も懲りていたのだろう。叱られた酒問屋のおばあさんは昨年、御年百二歳で天寿を全うされた。


(2011.10.27)

※上の写真は、あの時盗んだ「トリス・コンク・ジュース」の瓶です。ネットでみつけました。

 →ノボ村長の「思い出アルバム」