「猿の惑星」外伝

 1968年、私が中学三年のとき伝説のSF映画がふたつ完成しました。
ひとつは「2001年宇宙の旅」もうひとつは「猿の惑星」、今でもこの二作品に匹敵するSF映画は「スターウォーズ」と「ブレードランナー」しかないと私は思っています。秋には再々リメーク版「猿の惑星 創世記」が日本でも上映されるそうです。
 知っている人も多いかと思いますが「猿の惑星」の猿は日本人がモデルです。原作者のフランス人ピエール・ブールが太平洋戦争のとき、東南アジアで日本軍の捕虜になった体験がこの原作を生みました。

 これを聞いたらポカンとして映画を観てられませんよね。あの頃欧米人は日本人をこんなイメージで見ていたんだと思うと複雑です。でも日本人も欧米人を「青鬼」と見ていましたからあいこかもしれません。

 さて、超短編のMy「猿の惑星」を書いてみました。ゾッとして暑気払いになることでしょう。

西暦2200年 火星連邦ライブラリーの極秘歴史ファイルから抜粋

 当ファイルはかつて人類が存在したといわれる地球にあった「日本」という国の伝説的記録文書である。真偽はいまだ謎のままである。

(以下ファイルより引用する)

 西暦2020年、東日本大震災を超えるマグニチュード10.0の巨大地震が日本海で発生した。この地震による揺れと津波はまたしても想定を大きく超えるものだった。

 日本の原発の三分の一、韓国の原発の半分が大きな事故を起こした。もちろん放射能は世界に拡がった。何よりも致命的だったのは高速増殖炉もんじゅの大爆発、青森六ヶ所村再処理施設からのプルトニウム漏洩・・・

 日本に住む三分の一の人々、世界の10%もの人々が死亡または深刻な放射線障害を被ってしまった。その時の様子はその時代頃の物語である「日本沈没」に近いものと言われている。

 東アジア、特に日本は大きなダメージを受け住民は難民として全世界へ分散した。しかしヒロシマ、ナガサキ、フクシマ、ニホンカイと四回も放射能にまみれた彼らだが、決してその後も原子力の技術発展をあきらめようとはしなかった。

 すでに原子力宇宙船が実用化できる段階に達していたからだ。それとともに被爆の怨念を原子力による宇宙開拓という夢ではらそうという意識を強くもったからでもあった。

 2050年ついに彼らの夢は実現した。しかし悪夢と云えるものかもしれなかった。放射能汚染は人類の総知を結集しても除去できず、地球は死の惑星へと近づいていったからだ。

 富裕層を中心としたエリート層はついに政治を動かした。地球を捨てて火星へ移住しようと。彼らは秘かにこの計画を進めた。

 なぜなら「経済的繁栄のためにはある程度の犠牲もやむなし」という考えのもとに、どのような惨禍があっても原子力技術を絶対に手放さず、ついに地球という星を壊滅させた彼らだけが脱出しようというのだから極秘にするのは当然であった。

 もうひとつ付け加えておこう。彼らの言う「ある程度の犠牲」とは「自分たち以外の犠牲」ということであった。さらにそこには「致命的」かどうかという基準もなかった。

 2100年、1000艘の原子力宇宙船隊は火星へ出発した。

(ファイルはここまで)

 それから100年・・・今や地球のことを知る人間は少ない。さらに火星では、地球の話は御法度であった。地球は死の惑星として恐れられていた。移住した者は少数であり、多くの人々を地球に残してきたという後ろめたさがあったこともその理由だ。

 しかし、いつの時代にも冒険的な人間は出現する。ある日、若者が数名、地球という星に興味を抱き秘かに火星を出発した。

 そこで彼らが見たものは何か・・・それは荒廃した土地と、人間によく似ている毛むくじゃらの原始的な生物であった。

 捕まり檻につながれた彼らは、四本足の馬とよばれる生き物に乗りかろうじて脱出した。2-3日後、彼らが見たものはこれだ。

 彼らはハッとした。なぜかとても懐かしい気がしたのだ。