暗い灯りと集中力

 『大江戸生活体験事情』という本は、江戸学の大家、石川英輔さんと田中優子さんが、江戸時代の暮らしを実体験して書いた実に興味深いエッセーです。
 何から何まで江戸時代というわけにはいかないわけで、実体験したのは「旧暦」「火おこし」「行灯(あんどん)」「毛筆」「着物」「下駄」などです。

 田中優子さんは、日曜朝の「サンデーモーニング」に毎週着物姿で出ていますし、石川英輔さんも以前のNHK番組では必ず着物姿で出演していました。(四年前に田中優子さんの生対談を拝見したんですが、三メートルぐらいの距離で見た田中さんはおきれいでしたね〜)

 お二人の着物姿を拝見したり、この本のあれこれを読むと大いに気づかされます。

 それは、私たちは「旧いことは不便」とばかり思っていますが、「不便だが重宝」という面もおおいにあるということです。

・・・・・・・・

 さておふたりは、暦や火おこし道具、行灯など江戸時代の暮らしに使われた諸道具を自作し、自分たちの暮らしのなかで実際に使ってみました。

 そのなかでお二人は様々なことに気づき、驚かされ、江戸時代の細やかな技術や工夫、美意識に大きな衝撃を受けました。

 その感動の様子がどのページからも、ありありと読者に伝わってきます。

 いい歳をしたおとなが、まるで小学生の工作実験みたいなことをすることが、私にはとても新鮮に思えました。 

 実際に自分たちで作って体験してみるということはとても大事な方法論だな〜と思います。

・・・・・・・・

 さて、「行灯」についての田中優子さんの体験談は実に興味深いものでした。

 「行灯」はその明るさはせいぜい1wの電球くらいだったようです。

 そんな暗い光の中で、江戸時代の人々は本を読み、縫い物仕事をしていたとは驚きです。

 ところが、田中優子さんがその光の中で実際に暮らしてみると、思いもかけなかった効用を発見したというのです。

・・・・・・・・

 それは、「集中力が増す」ということでした。

 ・・・ボタンつけや刺し子など、手元だけ見れば縫えるものはまったく問題がないばかりか、顔を火に近づけているので、いくらかその暖かさが伝わり、狭い範囲しか見えないために集中し、ほとんど「三昧(さんまい)」の境地になる。

 縫い物ばかりでなく、読書においても明らかに集中力が増すことを実感したそうです。

 特に江戸本は、紙質も墨の色も行灯で読むのにとても合っていることがわかったとも書いおられます。

 私はふだん、本を素早く斜め読みして必要な箇所だけ探す癖が付いている。それを行うには、開いているページ全体を一瞬のうちに見渡さなければならない。しかし行灯のもとではそれができない。読み始めると、一行ごとに読み進めていることに気づく。すると文字は音になって聞こえてくる。

・・・・・・・・

 そこで私も実験。

 わが家はあまり油を使わない食生活のため(高い)オリーブオイルしかないので、行灯をつくるかわりに「手回し発電LEDランタン」で試してみました。

 このランタンは千円くらいでニトリから買ったものですが、とても優れもので1分間ぐらいハンドルを回しただけで30分くらいも点灯します。さらに太陽電池も付いているんです。

 このランタンを行灯のようにするために、ティッシュペーパーを一枚かぶせて本を読んでみました。

 おどろきです!

 田中優子さんのおっしゃるとおりです。とても集中できます。

 そしてほの暗い陰が、なにやら別次元のありかを感じさせるようです。

 あ〜、光の少ない時代はこのようにして魑魅魍魎の世界とつながっていたんだな〜と実感しました。

・・・・・・・・

 この本を読みながら、著者の石川さん、田中さんとともに江戸の暮らしにタイムスリップし、今とはまったく異なる感性の世界に目をみはり、変わっていく自分を感じます。

 著者のお二人と私が一緒になって、「ほう〜〜!」と感嘆の声をあげ続けているのです!