ゲーテ「文学作品は知性で理解し難いほどすぐれている」

 自分の作品を例にして、ゲーテは思いきったことを語りました。「文学作品は測り難ければ測り難いほど、知性で理解できなければ理解できないほど、それだけすぐれた作品になるということだ。」
 「ゲーテの深い言葉」第19話を書きました。

 水木しげるさんの『ゲゲゲのゲーテ』に誘(いざな)われ、わが心に遺すべき箴言を『ゲーテとの対話』から抜き出しています。

 それと並行してゲーテの作品をあれこれ読んでいますが、ゲーテを味わうためには「コツ」があるな〜と感じています。

 理念は何か? 何を目的としているのか? 何を教えたいのか? これらの問いを持って読むなら挫折するということです。

 頭で考える作品ではなくて、ゲーテそのものになりきり五感で味わう作品なのだ、ということがなんとなくわかってきました。

 ゲーテもそのように語った文章があります。

岩波文庫『ゲーテとの対話』下巻p375
1827年5月6日

 話題は『タッソー』に移った。そして、その中で、どのような理念を考察しようとしたのかが問題となった。

 「理念だって?」とゲーテはいった、「そんなものは、私の知ったことじゃない。私はタッソーの生活を持っていたし、私自身の生活を持っていた。そして、それぞれに個性を持つ二つのまことに不思議な人物を混ぜ合わせて、私のタッソーが生まれたのだ。(中略)

 とにかくドイツ人というのは奇妙な人間だ!彼らはどんなものにも深遠な思想や理念を探しもとめ、それをいたるところにもちこんでは、そのおかげで人生を不当に重ぐるしいものにしている。さあ、もういいかげんに勇を奮って、いろんな印象に熱中してみたらどうかね。手放しで楽しんだり、感激したり、奮起させられたり、また教えに耳を傾けてみたり、何か偉大なものへ情熱を燃やして、勇気づけられたらどうかね。しかし、抽象的な思想や理念でないと一切が空しい、などと思い込んでしまってはいけないのだ!」

 「そこで、彼らは私のところにやって来ては、こうたずねるのさ。私が『ファウスト』のなかでどういう理念を具現しようとしたのか、とね。まるで私がそれを知っていて、説明できるとでも思われているみたいさ!天国からこの世を通り地獄へまでも、これでどうやら格好がつくかも知れないが。しかし、これは、理念などという代物ではないよ。筋書きなのだよ。(中略)」

 「だいたい」とゲーテはつづけた、「詩人として何か抽象的なものを具象化しようとするやり方は、私の流儀ではなかったよ。私は、心の内にさまざまな印象を受け止めた。しかも、その印象は、活発な想像力が私に与えてくれた感覚的で生きいきとした、好ましい多彩で多様な性質をもっていた。

 私は詩人としてこのような直感や印象を自分の心の中で芸術的に仕上げ、形のあるものにしていき、生きいきとした描写を通して、ほかの人が私の作品を読んだり聞いたりする折に、私と同じ印象を受けられるように表現する以外に方法がなかったのさ。」(中略)

 私が意識的に一貫した理念を表現しようとした唯一の大がかりな作品は、おそらく『親和力』だろうね。この小説は、そのために知性には理解しやすくなっている。しかし、そのために作品として良くなった、とはいいたくない。むしろ私は、こういう意見だ。つまり、文学作品は測り難ければ測り難いほど、知性で理解できなければ理解できないほど、それだけすぐれた作品になるということだ。

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 私たちは、わかりやすい本、つまり「自分が受け身のままで読める本」を良しとする傾向が大です。

 それを当たり前に思っていると、自分を高めてくれる深い味わいのある本とは、いつまでたってもめぐり遇うことはできないな〜と思いました。

 自分で掘り出す努力がなければ宝物は見つかりませんよね。

  参考→「ゲゲゲのゲーテ」より抜粋
   →ゲーテ「趣味について」
   →ゲーテ「わが悔やまれし人生行路」
   →ゲーテ「嫌な人ともつきあう」
   →ゲーテ「相手を否定しない」
   →ゲーテの本を何ゆえ戦地に?
   →ゲーテ「私の作品は一握りの人たちのためにある」
   →ゲーテ「好機の到来を待つ」
   →ゲーテ「独創性について」
   →ゲーテ「詩人は人間及び市民として祖国を愛する」
   →ゲーテ「若きウェルテルの悩み」より抜き書き
   →ゲーテ「自由とは不思議なものだ」
   →ゲーテ「使い尽くすことのない資本をつくる」
   →「経済人」としてのゲーテ
   →ゲーテ「対象より重要なものがあるかね」
   →ゲーテ「想像力とは空想することではない」
   →ゲーテ「薪が燃えるのは燃える要素を持っているからだ」
   →ゲーテ「人は年をとるほど賢明になっていくわけではない」
   →ゲーテ「自然には人間が近づきえないものがある」
   →ゲーテ「文学作品は知性で理解し難いほどすぐれている」
   →ゲーテ「他人の言葉を自分の言葉にしてよい」
   →ゲーテ「同時代、同業の人から学ぶ必要はない」
   →ゲーテ「自分の幸福をまず築かねばならない」
   →ゲーテ「個人的自由という幸福」
   →ゲーテ「喜びがあってこそ人は学ぶ」