フェルメールの秘密

 名画にはその絵を芸術たらしめる秘密がそっと描かれています。フェルメールほど目立たぬように隠している画家はいないかもしれません。「青いターバンの少女」についてその秘密を探る番組を昨晩テレビで見ました。
 10年以上も前になるでしょうか。「真珠の耳飾りの少女」という映画を観ました。デビューまもないスカーレット・ヨハンソン主演で、フェルメールの代表作のひとつ「青いターバンの少女」を映画化したものです。

 実に良い映画でした。1600年代中頃のオランダ、そのころはオランダが商業的繁栄から徐々に斜陽化していく時代でもあったわけですが、その時代風俗を感じさせ、フェルメールの絵についてとても理解が進むことになりました。

 フェルメールについてはここ10年ぐらい世界でも日本でも人気がひときわ高くなっており、物識りな方も多いと思うので詳しい説明はしません。秋には仙台でもフェルメール展が開催されます。

 さて、彼の絵はカメラで撮ったカラー写真のようだと評されますし、一見これほど写実的な絵はあるだろうかと思ってしまいます。

 実際、彼は「カメラ・オブスキュラ」というカメラの原型になる機械を使って対象を観察し絵に活かしたとのことですから、評は的を得ているでしょう。


 
 ところがです。昨日の番組で「青いターバンの少女」を篠山紀信さんがカメラを使って写真で再現実験をしたところ、彼の絵には「嘘(良い意味での)」が多々あるということがわかったのです。

 この絵を芸術たらしめている要素のひとつに、反射する小さな「白」を様々な場所にそっと描いているということがあります。そこに彼の「偉大な嘘」があるらしいのです。

 まず瞳に反射している小さな丸い白点、これは本来なら窓が映り込み四角になるのだそうです。これを丸にすることで印象がまるで違う、それは現代の写真術でもわざわざスポットライトを反射させて映しこむ技法として応用されているとのことです。

 さらに真珠に反射している白もこの角度ではありえない位置に描いている。唇の右端に小さく光る白点も生々しさを表現するためにわざと描いてるということです。それらを本来の位置で描き直したグラフィックと比べるとなるほどと思います。

 さらに別な美術学者はこの絵の目線が自然ではありえないものであることも指摘しています。むかって右の目は私たちを見ています。左側の目は本来よりも左に視点をづらして描いています。これによって見つめながら見つめられている視線という複雑な印象を与えているとのことです。

 別な宝飾品研究者はこの時代にこの大きさの真珠がなかったことをあげています。この大きさの真珠は、その後何世紀かして日本で養殖真珠ができてからのものらしいのです。あえて真珠を大きくして効果を上げているということです。

 写真のような写実といわれたフェルメールの絵にこのような意図して隠された秘密があるというのは、彼の緻密な観察眼や芸術才能と共に、私たちの視覚が正確さとは異なる枠組みというか特徴というか限界というか、そういうものがあることも思い知らされます。

 あ、そうそう。フェルメールのもう一つの代表作「画家のアトリエ」についても一言。

 この絵は2004年に実際に神戸で見てきました。フェルメールが唯一手放さず、大戦中はヒトラーが所有していた、フェルメールの絵の中でとても大きいサイズの作品です。

 この絵についても、ずいぶん前ですがある日本の画家がそっくりの室内、そっくりのモデルや衣装、調度品を作って実際の部屋を再現しました。ところがこの絵にも「偉大な嘘」が・・・。部屋はあり得ないほど縦に長いものになってしまいました。

 写実といえば、その芸術的価値を多少低く見る方もいるのですが、全く違いますね。秘かな宝探しには写実的絵画がうってつけかもしれません。