美智子さまを好きなわけ

 私が美智子さまを好きなわけ、それは美智子さまがこんな詩を好きだからです。
 その詩の題名は「絶望第一号」、ケストナーの「人生処方詩集」にある一篇です。


エーリヒ・ケストナー
「人生処方詩集」より

「絶望第一号」(またの訳名を「最初の絶望」)

小さな男の子がひとり
ほてった手に 一マルク握り
路を走っておりました
もう時刻も遅いので 店の人たちは
壁の時計をこっそりと 横目でにらんでおりました

坊やは急いでおりました 走りながらピョンと跳び上り 口の中で言いました
「パン半分 ベーコン上4ポンド」
まるで唄でもうたっているよう そのうち唄がハタと止んだ
握っている手をあけて見たら お金がなくなっておりました

坊やは立ちどまり 暗闇に突っ立った
ショーウィンドウの灯が消えた
星のひかりは綺麗だが
お金を捜すには ひかりが足りぬ

いつまで立ってるつもりでしょう
こんなにひとりぼっちになったことがない
ガラスの上で 鎧戸が鳴った
街燈が居睡りを始めました

坊やはなんども両手をあけて
ゆっくりクルクル廻していたが
それからいよいよ望みも絶えた
もう げんこをあけて見る気もしない

お父さんはお腹がすいていた
お母さんはつかれた顔していた
ふたりは坐って待っていた
坊やは裏庭に立っていた ふたりはそれを知らなかった

お母さんは心配になってきた
とうとう 捜しに行って 見つけました
坊やは小さな顔を壁にむけ
絨拠掛けの鉄棒に じっともたれておりました

お母さんはハッとした いったいどこへ行ってたの?
坊やは大声で泣き出した
坊やの胸の苦しさは お母さんの愛より大きかった
それからふたりはしょんぼりと お家へ入ってゆきました

 美智子さまはかつて、国際児童図書評議会ニューデリー大会の講演で、この「絶望第一号」にふれられたそうです。

・・・・・・・・

 一昨日、孫の保育園卒園式のビデオを見たんですが、卒園児たちの一生懸命な踊りや運動を見ながら、ふとこの作品のことを思い出しました。

 私は勝手に、美智子さまや吉永小百合さんやオードリーヘップバーンさんは、たぶん私たちの時代のマリア様に違いないと信じています。(ヘップバーンさんはすでに天に召されましたが)

 これらの方々に共通な「何か」を感じ、癒やされるのです。。。