おもしろい「恋歌」

 茨木のり子さんの『詩のこころを読む』におもしろい(変わった)恋歌が紹介されていました。
 『詩のこころを読む』は、茨木のり子さんが選んだ詩を彼女が解説しています。

 どのページを開いても彼女の温かいまなざしが感じられます。

 このような一風変わったカフカ?的な詩にたいしても。

        松下育男

 こいびとの顔を見た

 ひふがあって

 裂けたり

 でっぱったりで

 にんげんとしては美しいが

 いきものとしてはきもちわるい


 こいびとの顔を見た

 これと

 結婚する


 帰り

 すれ違う人たちの顔を

 つぎつぎ見た


 どれもひふがあって

 みんなきちんと裂けたり
 
 でっぱったりで

 
 これらと

 世の中 やってゆく


 帰って

 泣いた

            詩集『肴』より
・・・・・・・・

 松下育男は、まだ二十代の若い詩人ですが、一九八〇年代の恋歌は、こういうふうなものかしら、と思わせてくれます。

 どこか醒めていて、やさしく、そして苦い。

  にんげんとしては美しいが

  いきものとしてはきもちわるい

 ひどくおかしく、適切でもあり、有史以来、恋人をたたえる数えきれない表現に、また一つ何かを加えた新しさがあります。

 もし人間を裸にして、動物園の檻に入れ、ほかの動物たちが眺めるとしたら、ペロンとしたうすきみわるい珍獣のはずです。

 自分もそんな人類に属し、恋人の顔をみても、美と醜、ともにみる複眼をまぬがれず、「帰って 泣いた」も、めめしくはありません。

 むしろ、人間存在の寂寥感、ブラックユーモアのようなものさえ伝わってきます。

 こういう「泣き」は女性にはなく、男性特有のものなのでしょう。

 この本について鈴木敏夫『仕事道楽』にはこんなことが書かれていました。

 高畑勲さんご推薦の本だったんですね。

教養を共有したい

 ・・・そういえば、高畑さんには岩波ジュニア新書の茨木のり子『詩のこころを読む』も教えられたなあ。

 ともあれ、彼らが読んできた本をひととおり読もう、わかってもわからなくてもいいから、ともかく読もう。

 そう思って機会あるごとに聞き出して、それを読むということをくりかえしたんです。

 岩波ジュニア新書って、いい本がたくさんありますね。

 いや、子供向けの本というのはとてつもなく高水準のものばかりのように思います。

 大人こそ子供向け本を読むべきだな〜と思うことがしばしばです。