ショートSF「超電池社会」

 明日から仕事です。頭のモードを変えようと初夢のごとき近未来SFを一篇書いてみました。年末に孫たちとオセロをしたのも影響したようです。

ノボノボ童話集

超電池社会

いかなる革命的な技術にもルーツがある。

自動車が発明される前に馬車があり、

インターネットが日常化する前に電話があった。

これから話す革命的な技術のルーツは乾電池だった。

ときは今から約三十年後の世界。

もし過去から直流電気優勢の社会だったなら

この平和な社会はもっと早くに実現していたことだろう。

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発端は2011年3月11日にさかのぼる。

電機部品製造会社の技術職だった彼も、

多くの人と同様に心底こう思った。

物々しく禍々しい発電設備など必要としない

安全な社会は実現できないものだろうかと。

そして一人で研究を開始した。

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10年後、彼はとてつもない電池を発明した。

超高性能で超軽量、超単純、超廉価の充電池である。

オセロの駒に大きさも見かけもそっくりだったので

「オセロ電池」と名付けた。

黒面がプラス、白面がマイナスである。

原理は乾電池と全く同じで、直列なら電圧が上がり、

並列なら電流が増える。

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このオセロ電池が普及した社会は直流社会に変わった。

どんな電圧、電流でも電池の配列でみな対応できるから、

すべての電気製品の共通電源となった。

機械毎に必要な電池数をまとめて収納するホルダーもあった。

製造方法は公開され、コストは限りなく0円に近づいていった。

職場も家庭も個人のポケットにさえも予備電池があふれていた。

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何よりも優れていたのは、多様な充電方法に対応することだ。

そのまま直射日光にあてておいてもいい。

風にさらしても水流にあてても、振るだけでも充電する。

言い換えるとあらゆる「刺激」で充電できるのだ。

電池の表面は人体に安全なシールドが施されている。

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ある家では畑の一畝でオセロ電池を充電している。

ある船では網に入れて水中で充電している。

ある人は電池をネックレスにしてジョギング充電している。

シリコンなど主たる構成元素は地球上に無尽蔵にある。

もうどこにも電気料など払わなくていいのだ。

空気のごときオセロ電池を盗む人など誰もいない。

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こんなエピソードもあった。

旅客機が悪天候のため空港を旋回し続け燃料(電池)切れに

なりそうになったとき、乗客が「オセロ電池」をカンパして

無事着陸できたということだ。

それに人間の基礎代謝から換算すると、

一人の人間の発電量は100w電球と同じくらい必要らしい。

不足の分をオセロ電池が補完する器具もでき、

医療や健康増進面でも大いに役立っているようだ。

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たかが電池と侮るなかれ。

世界をここまで変えた発明はかつてない。

なにせ「オセロ電池」は「お金」にとって替わったのだ。

「お金」はもともと実用的な代物ではなかったが、

時を経るに従いますます、お金同士の「交換」にしか

役立たない代物に成り下がっていった。

しかしコインのような「オセロ電池」はそのものに価値があり、

交換価値も使用価値も両方持っていたのだ。

今や「ドル」「円」「元」「マルク」などの言葉は廃れ、

替わりに「w(ワット)」が基軸単位となっている。

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世界は今、気候温暖で食物豊富な南の島の楽園のごとくである。

自給自足が飛躍的に可能になったのだ。

自らエネルギーを生み出し、

その価値ゆえに何とでも交換できる「オセロ電池」。

「超電池社会」では、信じられないほどあっというまに

貧富の差というものが消滅してしまった。

と言うより、意味を成さなくなってしまった。

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まさに科学技術は「天使と悪魔」である。

悪魔のような恐ろしいものもたくさん産んではきたが、

人類の希望もまた科学技術にあるようだ。

ある時代、マネー経済は荒れ狂う龍のように

人が制御しきれない架空の生き物のように考えられていた。

しかし、ちょっとしたことで世の中はびっくりするほど変わるのだ。

大昔、われらの祖先が「大きな骨」を道具として振り上げたときのように。

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