どう違う?三つの数式

 トヨタ生産方式生みの親大野耐一さんのお話は刺激的です。同じ景色を逆立ちして見るような気がします。それを仕事のしくみに活かしたわけですからスゴイです!

 数式パズルのようなお話しです。

 大野耐一さんが語るには、次の三つの数式は異なるというんです。

  売価−原価=利益

  利益=売価−原価

  売価=原価+利益

 え〜〜? どう考えたって同じじゃない!

 それでは大野耐一さんのお話しをどうぞ。

 「トヨタ生産方式の原点」より「算術計算の盲点」の章を引用いたしました。

 (読みやすいように小見出しを付けました)


似て非なる三つの数式

 ・・・ここら辺が非常にわかりにくいというんだろうか、たまたま変てこな数学の式でやると、その式に対してその答えが正しいということだけであって、その算式が正しかったら、原価まで本当にそれだけ安くなるかというと、そういうものじゃないんだということが、これはなかなかわからん人が、どうも多いような感じがする。

 (1)売価−原価=利益

 (2)利益=売価−原価

 (3)売価=原価+利益

  (ノボ注:大野耐一さんはこのうち(1)だけが望ましい数式だと語っています)

 こういうふうに三つの式がある。これはみんな意味が違うということが、算術屋さんには理解ができんことじやないだろうか。

 (1)式は、これをいくらで売ります、元はいくらかかっておりますと、売値から原価を引いたものが利益なんだという考え方。

 (2)式は、利益というものは、売値から原価を引いたものだという考え方。

 (3)式は、売値というものは、原価と利益を寄せたものが売価になる式である。

 こういうふうに書くと、何だ、同じじゃないかと思うんだけれども、これはみんな意味が違うんだというふうに思うことが、なかなかインテリの人にはできんらしい。

それぞれの式の意味

 この(1)式で言うと、この売値というのは競争相手がある場合、同業者がある場合、これは第三者が、お客さんが決めることで、そのものの値打ちによって決まってくるものなんだという式なんだね。

 それからこれを実際につくるには八十円かかりました。売値が百円でした。だから、儲けは二十円ありますとなる。

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 (2)の式は、仕事をやる以上、二十円は儲けにゃどうもならんということで、結局、二十円さえ儲ければいいということになる。

 そのためには、これを百円で売ったんじゃ二十円儲からんから、ボディーに金線でも入れれば百二十円で売れるかもしれん。そうすると百円かかったって二十円儲かる。と、こういう勝手なことになってくる。

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 (3)の式は、算術の式でいくと何も間違いじゃない。

 (1)式から、こつち側でマイナスのやつを向こう側へ持っていけばプラスになるんだから、利益と原価を寄せたものが売値になるということになると、これは意味が全然違ってくる。

 原価が百円かかりますと。だから二十円ぐらい儲けさせてもらったって、これは適正利潤で、だから百二十円で売値を決めにゃいかん。売値が百二十円でないと、利潤が出ませんよということになる。

 そして、この売値は正しいんです、と言ったって、お客さんが「そんなもの、百二十円で買うばかがおるか。あんなものは、よそへ行けば百円で売っておるわ」ということになると、(3)式の考え方であると、それじゃ百円かかって百円で売っておったら、儲けはないじゃないかということになっちゃう。

原価は下げるためにある
 
 「この式における原価というのは何か?」と私なりに解釈すると、原価というものは下げるためにあるわけで、計算するためにあるんじゃない。

 (3)式では、原価というものは計算して正確なものを出せばいいんだということ。

 お客さんは納得せんかもしれんけれども、百円かかっておるんだから、二十円ぐらい儲けさせてもらったって、百二十円ぐらいで買っでもらわにゃどうにもならんと、こういう解釈ができる式だ。

 真ん中の(2)式は、これは、一番くせものなんだね。

 イコールのこっちへ利益を持ってきて、向こうへ売値と原価をやっていくと、どうも原価もどうしても安くならんので、なるべく付加価値を上げて、高級なものをつくって儲ければいいじゃないか。儲けるためには、高級なものへ移っていくべきだと。

 付加価値の高いものをやればいいじゃないかというのが、これは一般的に経済屋さんが考えるやり方だ。

 (1)式は、もう売値というものは決められちゃっているんだ。だから、どうしたってつくる人は原価を下げる。原価を下げたぶんだけ儲けが出るんだと。

 その結果が、今まで八十円かかっておったのを五十円でつくれるようになつた。

 けれども売値は百円で売れるんだから、五十円儲けたって、これは我々の努力で儲けたんだというふうで、たくさん儲けるというと、いろいろなところからしかられるかもしれんですけれども、とにかく私は(1)式でものを考えるのがいいんだと思う。

経済学者は逆に考える

 ちょうど昭和四十九年頃か五十年頃だったか、ある席で経済の先生から、「トヨタさんも、そんな安物の車をつくらずに、安物の車をたくさん出してアメリカからガーガー言われるよりも、もっと高級な高い車をつくって、たとえば十倍も儲かるような付加価値の高い高級車をつくって、数を十分の一にして、儲けがもっと残るほうがいいんじゃないですか」というお話を聞かされたことがある。

 経済学者というのは、ずいぶんのんびりしたことを考えておるなというふうにこっちは思ったんだが、結局、売値というものは第三者が決めるという考え方じゃなくて、これだけで儲けるには、何も安物でたくさん出さんでも、高いものを少なく出したほうが結局得じゃないですか、ということで、これが(2)の式なんだね。

それで原価が下がるのか

 これはどの式だって、それは考えようによっちゃどうにでもなるんだけれども、同じ式でも書き方によって、いろんな考え方が出てくる。

 我々、とくにIE(生産工学)関係の人は、やっぱり(1)式でものを考える。

 どうやったら原価が下げられるだろうかと考える。

 原価というものは計算するためにあるんじゃないんだ、下げるためにあるんだと。

 だからいろんなことをやっても、原価が下がるのか、原価が下がらんのか、これが一番大事な問題になってくる。

 我々の会社でも、工数低減ということを一生懸命にやる。

 ところが、工数低減をやると原価が下がるという錯覚が非常に多い。

 設備投資の場合でも、この間違いというのが非常に多くて、我々も非常に因っておるし、またこれの説得というのが、非常に相手がわからんので困る。

 あらゆる産業、あらゆる商売にあてはまる考え方だと思いました。

 真の顧客第一主義とも理解できるのではないでしょうか。

 顧客第一主義とは、自らを変えずに、顧客と馬鹿丁寧にお付き合いすることではない。

 顧客のニーズに合わせ、自らを変化させ、自らも成り立つように工夫することだ。

 「プロダクトアウト」を排し、「マーケットイン」で考えるということである。

 「プロダクトアウト」というのは技術や製造設備といった提供側からの発想で商品開発・生産・販売といった活動を行うこと。

 「マーケットイン」とは市場や購買者という買い手の立場に立って、買い手が必要とするものを提供していこうとすること。

 この思想を、市場のみならず生産現場の各工程間にまで応用し、徹底したのが「トヨタ方式」という歴史上屈指の生産方式と言えるでしょう。

参考
 怒り方、ふたつ
 民話SF「とよだ国の物語」第三章
 民話SF「とよだ国の物語」第二章
 民話SF「とよだ国の物語」第一章