ノボノボ童話集「宇宙への井戸」

 夜に書くブログはやはり夜の雰囲気が出てしまいます。私は中学生の頃、夢に落ちる一瞬を知りたいと思ってなかなか寝付けないことがよくありました。思春期も昼夜逆転。社会に出てから仕事という薬で治りましたが、最近は老化のせいかデパス一錠が毎夜必要となりました。ASKAも可哀想だな〜なんて。

ノボノボ童話集

宇宙への井戸

 彼が不眠症であるのには理由がある。

 「夢」の秘密を解きあかしたかったのだ。

 眠りに落ちるその一瞬、いったいどこへ落ちるのだろう?

 なぜ夢はハチャメチャなのだろう?

 どうして夢をよく覚えていないのだろう?

 とはいえ彼も人間、数夜に一度は知らぬ間にストンと眠りに落ちてしまう。

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 数十年に及ぶ不眠不休?の努力が実を結んだのか、

 彼はある夜、夢の秘密に近づいた。

 眠りに落ちる一瞬、彼は井戸をのぞき込み、そのまま落ちていく自分を意識した。

 どういうわけかその晩、彼は夢の中でも覚醒していた。

 井戸の先はなんと宇宙だった。

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 とんでもない速度で宇宙を飛行している自分、

 少し体をひねれば、あっというまに別な方向へと進路を変える。

 無数の人々や風景や事象が次々と接近遭遇し、離れていく。

 どういうわけか衝突しない。

 亡くなった人もいれば、見たこともない都市もある。

 オーロラ、天使、星雲、ミクロの世界・・・

 驚くことに風や匂いまで感じるのだ。

 なんという開放感、驚異、ノスタルジーであることだろう。

 ふと、ゲーテの「ファウスト」が彼の頭に浮かんだ。

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 夢見心地もつかのま、

 突然、体は灼熱の太陽へ突進する。

 恐怖、発汗、硬直、彼は夢の中で目をつぶった。

 助けてくれ〜と夢の中で叫んだ。

 一瞬の後、彼の体は惑星間宇宙船のように、

 太陽の縁を鋭くスイングバイし、

 今度は、巨大な暗黒星雲の中心へと吸い込まれていった。

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 ハッと目が覚めた。

 と同時に、夢の記憶のほとんどが消滅した。

 しかし、彼の潜在意識には夢の痕跡がぼんやりと残されていた。

 それを頼りに、彼はますます夢の世界の探求を続けるのだった。

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 夢に落ちる井戸が、宇宙への井戸であることはわかった。

 宇宙では時間も空間も因果も超越することもわかった。

 決して証明できないが、自分自身得心することができた。

 しかし彼が得た最大の発見は、「知性の秘密」であった。

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 宇宙から見ればウイルス程にも満たない人間が、

 なにゆえ何十億光年の宇宙の果てや、

 宇宙の生成や星々の一生を考えることができるのか。

 なにゆえ宇宙の法則を数文字の数式で表現できるのか。

 なにゆえ神や悪魔、天国や地獄、

 彼岸や来世、仏や如来について考えようとするのか。

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 今、彼はこう納得している。

 宇宙のすべては、私たちの身体に内在している。

 その延長である言葉にも、数式にも。

 知識は、自分たちの外に新しく発見するのではない。

 ましてや創造するのでもない。

 自身に内在する宇宙文字を翻訳しているだけなのだ。

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 毎夜、眠りに落ちるすべての人間や生き物の、

 真の住処こそ夢であり、宇宙であって、

 この世は仮の世にすぎないのだと。

 そういえば、釈迦もキリストも老子や荘子もそのような

 話をしていたっけな〜

 と彼は、ため息をつく。

 まもなく23時、今夜も宇宙旅行への時間がせまってきた。

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