怒り方、ふたつ

 転勤、転属、新入社員、なにかと新しづくめの春です。現代の職場では、怒ると「パワハラ」と言われ、注意すれば「いじめ」と言われ、肩をたたけば「セクハラ」と言われ、いったいどのようにして人を育てろというのでしょう?
 私の会社はソフトウェア製品の開発・販売をしています。

 手で触れるモノを作るわけではありませんが「製造業」のひとつであると思っています。

 ですから「トヨタ生産方式」は、今や世界のあらゆる製造業がそうであるように、わが社にとっても仕事の基本です。

 「トヨタ生産方式」生みの親は(故)大野耐一さんという方です。

 彼のお話しをまとめた『トヨタ生産方式の原点』が新編集されて先月出版されました。

 語り口調でとってもわかりやすく、しかもズバリ役立つ内容です。

 徹底的な効率追求のなかに人間重視の側面を感じさせられることも多く、「日本型仕事人」にはとても参考になります。

 あれこれ仕事のイロハを教える機会が多いこの時期、本の中から「怒り方」について書かれた文章を引用します。

大野耐一『トヨタ生産方式の原点』

頼りになる親方になれ

 一般の作業者には、絶対に怒らん。

 その代わり監督者以上は、これはもうものすごく怒る。

 現場は怒りやすい場所なんだね。

 周りがうるさいから、何言っとるかわからんのでね。

 現場で監督者を怒ると、やっぱり作業員が自分の親方が怒られていると思うと同情するわけだね。

 そうするとその監督者も部下に注意しやすくなる。

 そいつをかげへ呼んで怒ったりなんかしても、なかなか徹底せん。

 やかましいところだから、大きな声出してワーワ一言って怒るが、本人には何で怒られておるのかわからんでもいい。

 その代わり作業者が自分らの親方が怒られておるんだ、何か自分らのやり方が悪いんで怒られておるのかもしれん、ということになると、今度その監督者が何か言ったときに割合によく聞いてくれる。

 私がはじめて管理者になつたときに先輩から、「清水の次郎長という親分は絶対に子分の前で子分を怒らんかった。かげへ呼んで怒った。だから作業者の前で監督者を怒るというのはやっちゃいかん」と言われた。

 結局その逆のことをわざとやった。

 本当に痛いところを怒られたら、怒られるほうもカツとなる。

 そして、なんだか訳のわからんことで、大きな声で怒っておる、ということになれば、怒られるほうは気が楽ではないと思う。

 ただ、みんなの前で怒られるというのが、はじめはみんな嫌がるけれども、結局そういうことをやっていくと、今度は自分の部下にものが言いやすくなる。

 現場でもね、長くつき合わにゃそういうことないんだね。

 現場というところは、とくに直接仕事をやる人が生き生きとやってくれるのには、やっぱり頼る人がおらんとダメなんだね。

 その点では、組長なら組長というのはあまり代えんほうがいい。

 職長になるときはそこの部署で職長になつて範囲を広く持つというふうにやっていくと、みんながこれを頼りにするんだね。

 いい意味での「見せしめ」ですが、これも信頼関係があればこそです。

 彼はこの文章の後に、職場の信頼関係をつくる、継続するためにどのような組織や異動が望ましいかについても書いています。

 同じような「怒り方」を実践したのが元ジャイアンツ監督川上哲治さんでした。

 チーム全体を締め直したいとき、ミーティングであえて長嶋に怒鳴り声を浴びせた。

 「長嶋、何をやっているんだ!」。大スターの長嶋を叱ることで、他の選手の気持ちがキリッと締まる。

 しかし、長嶋はミーティングが終われば、どこ吹く風。一方、深く考えがちな王には怒らない。この手法で、強者たちをまとめてきた。
 →川上哲治さんを偲ぶ

 反対に、絶対部下を人前で叱らない、とうことで有名なのが清水次郎長です。

 清水次郎長方式が、日本ではいちおう基本セオリーとされてきました。

 幕末から明治にかけて、街道一の親分と言われた侠客に清水次郎長がいます。

 この次郎長さんのしかり方でこんなエピソードがあります。

 榎本武揚が海軍大臣の在職中、ある日次郎長を訪ねて、「お宅の何百人という子分たちを見ていると、誰もが実に、すなおに動いているが、その統率のコツをおしえてもらえないか」との問いに、

 次郎長さんは「無学の私に、別にコツなどございません。子分たちのほとんどは、ぐれて博徒になったような奴ばかりでろくな者はいませんが、私の命令には、皆気持ちよく従ってくれます。

 コツといえるかどうか、強いていえば、どんなにできの悪い三下奴でも、私はしかるときには、人の面前では(見せしめのために)叱るようなことは、決していたしません。

 誰もみていないところでなら、なぐることもいたしますが」と答えたそうです。

 「なるほど、それだ。子分に恥をかかせまいとする、実に見上げた指導法だ。私も必ずそのまねをさせてもらおう」と、さすがの榎本武揚も、痛く感服讃歎したといいます。

 人心掌握術、私たちも見習おうではありませんか。

http://zousenin.hamazo.tv/e4352871.html

 これまたすばらしい部下への対応法であります。

 まったく正反対の「怒り方」「叱り方」、正直悩みます。

 しかし組織論的に言えば大野耐一さんの信頼関係に基づいた「わざと見せしめ叱り方」のほうが、私には効果的かなと思えます。

 どちらにしても信頼関係がベースになっているので、伝わる心は同じなのかもしれません。

 大野流で怒るべきか、次郎長流で叱るべきか、that is the question